爪先からムスク、指先からフィトンチッド
言い辛いことだが親友のためだと思い、周囲に人がいないことを確かめて真菜は思い切って告げる。
「環さんは薫樹さんの恋人ですか? それとも元カノ? 芳香ちゃんとどっちが大事ですか? 私、パーティで二人が抜け出したり、こっそり会ってるの見たんですよ」
「――」
薫樹は一瞬きょとんとしたが、真菜の言いたいことがわかりハッとして説明した。
「誤解をさせてすまない。彼女とは古くからの友人で、全くそれ以上の関係はないんだ。僕の愛する女性は芳香だけだよ」
はっきりという薫樹に「そうですか。よかったです」と真菜は照れたが安心した。そしてこの不安を芳香に知られることがなくてよかったとも思った。
「じゃ、失礼します」
真菜は頭を下げてランチに向かうことにした。
薫樹は立ち去った真菜の言葉を反芻し、出来るだけ誤解を招く行動を避けねばと思う。今までのように無頓着のままでいては芳香に心配や不安を与えるかもしれない。
「そろそろきちんとしなければな」
ネクタイを正し、薫樹は次なる調香のコンセプトを頭に巡らせながら研究室へと戻った。 


19 TAMAKIから環へ
壇上では黒地に金銀の唐草模様と大輪の花々が描かれている振り袖を着たTAMAKIがパフューム『TAMAKI』を手に持ち、アルカイックスマイルでポーズを決めている。
漆黒のボブヘアーには何も飾られておらず、褐色の肌はブロンズ色に輝いていてジャパネスクとアジアンがいい塩梅で融合している。香水の瓶はシンプルなスクエア型で中には琥珀の液体がきらめき揺れる。バシャバシャとたくさんのフラッシュがたかれ撮影は長く続くが環の集中力は衰えを知らない。彼女と香水を目の当たりにすると成功しないわけがないと誰もが感じる。
これをきっかけに『銀華堂化粧品』の海外進出が滞りなくなされていくだろう。

大きな仕事を終えて薫樹は少し有給休暇を取ることにした。今回も高評価を得るが0から生み出した作品ではないため薫樹にとっては複雑な気分だ。
のんびりマンションでくつろいでいたが、リフレッシュしたいと思いカフェ『ミンテ』に行くことにした。
芳香に昼休みがあるなら『ミンテ』にいるとメールを送り、休日を楽しむべくゆるゆると出かけた。
昼前に着くと珍しく店はがらんとしており、ドアに目をやると「定休日」となっていた。
「ああ、休みなのか」
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