爪先からムスク、指先からフィトンチッド
だだっ広い広場にチャペルを作り、何席ものテーブルが運ばれ式は行われる。
環の装いはシンプルなAラインのドレスで丈も短めだ。彼女のスタイルの良さがよく引き立ちしかも飾りっ気がないことが凛とした美しさを強調している。彼女を見ると息をすることを忘れて見入るだろう。招待客は著名人はもちろんのこと、彼女の育った施設の職員、子供たちも呼ばれている。環はこの施設の子供たちにとってスターなのだ。おずおずと環を畏怖するように子供たちは見上げる。
環は低くしゃがみ「いっぱい食べてね」と笑顔で微笑んだ。
涼介はその様子を微笑ましく見守り、王子らしくエスコートし笑顔を振りまく。
「兵部さん、ようこそ」
「清水君、いい式だね。環も幸せそうだ」
「ありがとうございます。兵部さんの式、呼んでくださいよ?」
「ああ、もちろんだ」
明るく社交に勤しむ環を見ながら薫樹はふむと頷き「さすが人慣れしているな」と感心した。
涼介も同意する。
「まあTAMAKIはみんなのTAMAKIですからねえ」
「確かに」
「でも環は俺のものですからね」
「なるほど。君は案外独占欲が強いんだな」
「うーん。もともとそうじゃなかったと思いますけどね」
環も印象が柔らかく優しく変わったが、涼介もまた少しずつ変わりつつあるのだろう。
「これからはミント王かな」
「はははっ。いつか皇帝にまでのぼりつめますよ。じゃ、楽しんでってください」
ウィンクをして涼介はまた社交の渦に入っていく。二人を眩しく見つめながら薫樹は芳香の事を想う。そしてこの式が終わったら会いに行こうと考えていた。



2 小さな狭い部屋で

夕方、チャイムが鳴り、出ると薫樹が立っていた。
「え、し、薫樹さん、どうしてここに?」
芳香のアパートの住所を教えてはいたが、小さく狭い部屋なので薫樹を招いたことはなかった。
「お邪魔していいかな」
きちんとスーツを着て、光沢のある綺麗な紙袋を下げている。
「えっと、狭いですけど、どうぞ」
断る理由が見当たらず芳香は薫樹を部屋に招き入れるとふわっと部屋中が森林浴のような香りに包まれる。
「ふぁあ、いい香り……」
一瞬、ぼんやりとしたが薫樹を促し、藍染の座布団を出して座らせる。
「いい部屋だな」
「え、そうですか?」
「うん、こざっぱりとして」
「狭くて物がないだけなんですけどね……」
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