ガーベラをかざして
「部屋がずっと華やかになったよ、ありがとう」

将来の義父ーー清隆さんは目を細めてそう言ってくれた。八人掛けのダイニングテーブルには、ダリアやリンドウを使ったフラワーアレンジメントが鎮座している。半球型に整えられた花たちは、どこから見ても美しくなるよう計算し尽くされていて、作った人の繊細な感性が表れている。笹ヶ谷家お抱えの職人さんが腕によりをかけ完成させてくれたのだから、当然と言える。

「睦月さんが協力してくれたおかげです」

お世辞ではなく、本心から彼に感謝していた。笹ヶ谷さんはあの会議から一週間、激務の隙間を縫って、華道やフラワーアレンジメントについて勉強してきたと連絡がきた。その上で使う秋の花をプレゼンしたいと言って、分厚い資料を送ってくれた。
これが簡潔で分かりやすく、さすが慣れていらっしゃる…! と妙に感動してしまったがすぐに、私が作った資料って…と気落ちしてしまった。
でも気持ちを切り替えて、二人でああでもない、こうでもないと言い合って結局は王道とも言えるダリアを選んだ。ガーベラも候補にあったけど、秋の定番と言えばどうしてもダリアを連想する人は多い。
婚約者としてのご挨拶を第一に考えるなら、下手に奇を衒うことはない。二人でそう話し合った結果だった。

「あなた、睦月から連絡は?」

奥から笑子さんが顔を出した。キッチンでお手伝いさんと最終確認を行なっていたらしい。私もエプロンを持参して協力を申し出たが、できることはほとんどなかった。昨日のうちにほぼ完成させてしまっていると聞いて、手伝いに向かうべきだったと頭を抱えそうになった。テーブルフラワーばかりにかまけてないで、パーティー全体を考えるべきだったのに、そう思っているのが伝わってしまったのか、笑子さんは笑って慰めてくれた。

『慣れないうちに色々と手を出すより、何か一つに集中してもらったほうが良いわ。菜乃花さんはホームパーティーは初めてなのよね? それで睦月と協力して、これだけ綺麗なトーキンググッズができたんだもの、何も落ち込むことはないのよ』

トーキンググッズーーー話の切っ掛けになって、会話が弾むようにと置かれる装飾品のことだと、前に花屋のバイトで学んだ。その知識をまさかこうして活かすようになるとは思っていなかった。

笹ヶ谷さんは完成したテーブルフラワーの写真を見て「これでいきましょう」と言ってくれた。パーティーに出席した回数は多いだろうし、そこでテーブルフラワー以外にもキャンドルや雑貨、それ以外の装飾品も見てきたはずだ。その審美眼は確実だ…と思う。
話の切っ掛けにならないまでも、目で楽しむぐらいにはなっている。自信を持ってそう言えるし、不安になっては作ってくれた職人さんにも申し訳がたたない。笹ヶ谷さんにだってそうだ。

その肝心の笹ヶ谷さんは会社でトラブルがあったようで、連絡がまだ取れない。下手すれば欠席にもなるかもしれなくて、そうなったらどうすれば良いのか、今は話し合っているところだ。清隆さんは気を遣ってくれて、あまり深刻にならないよう世間話を交えながらの話し合いになった。

「全然だ、せっかく菜乃花さんと協力した
んだろうに…せっかくのお披露目が台無しになるぞ」
「ギリギリまで待ってみますか? でも早めに来てくださる方もいらっしゃるし…」
「あの、ウェルカムボードはとりあえず出しておきましょうか?」
「ええ。菜乃花さん、お願い」

私は汚れ一つない部屋を通って玄関に向かう。笹ヶ谷家のお手伝いさんたちが気合いを入れて掃除してくれたおかげで、どこもかしこも光沢があるというか明るく感じる。玄関だってそうだ。余計なものなどなくてすっきりしている。清隆さんによる手作りのウェルカムボードはそこに立てかけてあった。

ウェルカムボードは結婚式で使われるイメージが強いけど、こういうホームパーティーで使われることもある。写真や花を使ったものが多いけど、清隆さんは切り絵をメインにしてウェルカムボードを作った。
しかもただの切り絵じゃない。切り絵を重ねて立体感を出したものだ。秋の森をイメージした切り絵は、淡い赤や黄や茶色が可愛らしく、絵本の挿し絵のような温かみがあった。
私は壊さないよう、丁重にウェルカムボードを持ち上げてドアを開けた。薄いグレーのカーペットにイーゼルを置き、ボードを立てかける。傾きを調整してから部屋に戻ると、清隆さんは誰かと連絡をとっているようだった。
私は邪魔にならないように目で報告すると、キッチンにいる笑子さんに報告し、控室として用意されている部屋にもう一人のお手伝いさんと戻った。ここでそろそろパーティードレスに着替えなくちゃ間に合わない。

パーティードレスはデコルテと七分袖が真っ黒なレースでできていて、胸元やミモレ丈のスカート部分は深みのあるワインレッドで秋らしく落ち着いたデザインだ。これも笹ヶ谷家の外商員である待浦さんから紹介されたドレスで、一緒に紹介された小さめのネックレスとぴったりだった。
お手伝いさんにドレスの着付けをしてもらって、ネックレスも手間取ることなく付けてもらった。髪は梳いて少し整髪剤を使って簡単に整える。これで準備は万端だ。後はーー

「きっとすぐに来られますよ」

お手伝いさんの慰めに、私は曖昧に微笑むしかなかった。
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