ガーベラをかざして
何故だろう、コーヒーを飲んでから頭がふわふわする。身体も熱いし、これはまるでーーー。
「大変申し訳ございません! こちらでしばらくお休みください」
誰かがそう言ったので遠慮なく休ませてもらうことにする。あとなんか、水をもってくるとか言ってた気がする。
苦しいので服もゆるめた。そうするとちょっと楽だ。顔があっついのは変わらないけど。
ああもう、なんだか無性に菜乃花さんに会いたい。
というか、そのためにきたんじゃないっけ?
「あ、え、睦月さん?」
「あー、なのかさん、おかーりー」
会いたいって思ってたら菜乃花さんが目の前にいた。よかった、会えた。うれしい。
うれしいけど、熱い。
「待って、ここうちのリビングです!」
「あつい」
脱ごうとすると菜乃花さんが止めた。ちっちゃな手、かわいい。
「なのかさん」
「!」
背中に腕を回した。ちょっとびくってした。かわいい。
「ぎゅう」
「!ーー!、!?」
…かくして、酔いが冷めた私は菜乃花さんや執事の秋永さんに平謝りすることになったのである。
事の顛末を聞いた父と母は大笑いした。笑いごとじゃないだろうに。
久々の家族団らんだと料亭を貸し切ったらこれだ。外では鹿威しが小気味よい音を響かせている。
部屋の空調もいい具合に設定されていて、サービスも抜かりなく行き届いている。うちの系列に加えたいくらいだ。
「お前ね、そうやっていつでも仕事のことばっかり考えているから反動がくるんじゃないかい?」
「仕事について考えるのは大事だろう?」
「そうじゃなくて…今だってうちの系列に加えられないかって考えていたでしょう」
母の指摘に私は沈黙で返した。さすが母、父の妻と言うべきか、よく人を見ている。
そこに父が畳みかけた。
「お前はそうやって酒に弱いことを恥ずかしがるが…何も恥ずかしいことじゃないだろう?」
「商談だのパーティーだので酒が飲めないのは致命的じゃないのか?」
“飲みニュケーション”なんて言葉があるくらいだ。ただでさえ上手いこと笑顔を作れないというのに、酒も無理となるとかなりの痛手になる。酒や笑顔はコミュニケーションでは欠かせない要素だろうに、両親はこうしてのほほんと笑っているのだから能天気なものだ。
「今じゃ“アルハラ”って言葉があるのよ。無理して他人に合わせ続けたってすぐにボロが出るんだから」
「母さん、息子が会社潰して路頭に迷ってもいいっていうのか?」
「菜乃花さんがいらっしゃるんだから、協力していただいたら? 緩衝材になってもらうとか」
私は拍子抜けして母に問い返した。
「菜乃花さんに随分と入れこんでいるじゃないか、あんなに疑っていたのに」
「貴方ほどじゃないわよ…慰問に行った時に、貴方が言った通りの人だと思ってね」
母は菜乃花さんを最初は疑っていた。水流井から何か指示を受けていて、笹ヶ谷に寄生しようとしているのではないかと。私が逆に買収しようと計画していると話しても、この婚約にあまり乗り気ではなかった。
「確固とした信念があるけど、相手にできる限り寄り添おうとする人」
…そうだ。確かにいつだったか、そう言った。母親を人質にされているようなものだから、私に気に入られようと必死だったのかもしれない。それでも母のためにと大変な決断をしたのだ。その決意をさせた彼女の性根は美しいものだと。
母さんは、「まぁ、貴方がそこまで言うなら」とそれ以上は追及してこなかった。嫁姑関係にこれからはもっと気を使わなくてはならないなと考えた矢先の、〈あまのがわ〉慰問だ。心底、肝が冷えた。
「笑子さんがそう思うなら、私からは何も言うことはないよ…睦月、いい人と出会えたね」
父は顔をほころばせた。しかし私は顔を引き締め、言った。
「まだだ、まだ水流井の家が残っている。あれをどうにかしないと、彼女も私も幸せになれない」
「…そうだな、そうだった」
「結婚そのものはもう少し先にするよ。買収の目処が立ってから」
「そうね、菜乃花さんのお母様も心配だし」
園島さんに関しても当然調べた。水流井はきちんと約束を守り、手術を受けて回復へ向かっているそうだ。流石に騙すような真似はしないかと見直したが、菜乃花さんに会わせていないところを見ると、このまま縁を切らせるつもりだろう。これも早々にどうにかしなくては。
「とりあえず…婚約披露パーティーを開かない? あくまで内輪向けの」
母の提案は願ってもない話だった。
水流井はすぐにでも結婚させようとし、資金援助を要求するだろう。それをのらりくらりと躱すにしても限度がある。こちらに結婚の意思がないかのように思われるのは避けたい。婚約披露で、かつ内輪向けパーティーであれば怪しまれないだろう。
「やろう!」
私は早速、両親と計画を練り始めた。
「大変申し訳ございません! こちらでしばらくお休みください」
誰かがそう言ったので遠慮なく休ませてもらうことにする。あとなんか、水をもってくるとか言ってた気がする。
苦しいので服もゆるめた。そうするとちょっと楽だ。顔があっついのは変わらないけど。
ああもう、なんだか無性に菜乃花さんに会いたい。
というか、そのためにきたんじゃないっけ?
「あ、え、睦月さん?」
「あー、なのかさん、おかーりー」
会いたいって思ってたら菜乃花さんが目の前にいた。よかった、会えた。うれしい。
うれしいけど、熱い。
「待って、ここうちのリビングです!」
「あつい」
脱ごうとすると菜乃花さんが止めた。ちっちゃな手、かわいい。
「なのかさん」
「!」
背中に腕を回した。ちょっとびくってした。かわいい。
「ぎゅう」
「!ーー!、!?」
…かくして、酔いが冷めた私は菜乃花さんや執事の秋永さんに平謝りすることになったのである。
事の顛末を聞いた父と母は大笑いした。笑いごとじゃないだろうに。
久々の家族団らんだと料亭を貸し切ったらこれだ。外では鹿威しが小気味よい音を響かせている。
部屋の空調もいい具合に設定されていて、サービスも抜かりなく行き届いている。うちの系列に加えたいくらいだ。
「お前ね、そうやっていつでも仕事のことばっかり考えているから反動がくるんじゃないかい?」
「仕事について考えるのは大事だろう?」
「そうじゃなくて…今だってうちの系列に加えられないかって考えていたでしょう」
母の指摘に私は沈黙で返した。さすが母、父の妻と言うべきか、よく人を見ている。
そこに父が畳みかけた。
「お前はそうやって酒に弱いことを恥ずかしがるが…何も恥ずかしいことじゃないだろう?」
「商談だのパーティーだので酒が飲めないのは致命的じゃないのか?」
“飲みニュケーション”なんて言葉があるくらいだ。ただでさえ上手いこと笑顔を作れないというのに、酒も無理となるとかなりの痛手になる。酒や笑顔はコミュニケーションでは欠かせない要素だろうに、両親はこうしてのほほんと笑っているのだから能天気なものだ。
「今じゃ“アルハラ”って言葉があるのよ。無理して他人に合わせ続けたってすぐにボロが出るんだから」
「母さん、息子が会社潰して路頭に迷ってもいいっていうのか?」
「菜乃花さんがいらっしゃるんだから、協力していただいたら? 緩衝材になってもらうとか」
私は拍子抜けして母に問い返した。
「菜乃花さんに随分と入れこんでいるじゃないか、あんなに疑っていたのに」
「貴方ほどじゃないわよ…慰問に行った時に、貴方が言った通りの人だと思ってね」
母は菜乃花さんを最初は疑っていた。水流井から何か指示を受けていて、笹ヶ谷に寄生しようとしているのではないかと。私が逆に買収しようと計画していると話しても、この婚約にあまり乗り気ではなかった。
「確固とした信念があるけど、相手にできる限り寄り添おうとする人」
…そうだ。確かにいつだったか、そう言った。母親を人質にされているようなものだから、私に気に入られようと必死だったのかもしれない。それでも母のためにと大変な決断をしたのだ。その決意をさせた彼女の性根は美しいものだと。
母さんは、「まぁ、貴方がそこまで言うなら」とそれ以上は追及してこなかった。嫁姑関係にこれからはもっと気を使わなくてはならないなと考えた矢先の、〈あまのがわ〉慰問だ。心底、肝が冷えた。
「笑子さんがそう思うなら、私からは何も言うことはないよ…睦月、いい人と出会えたね」
父は顔をほころばせた。しかし私は顔を引き締め、言った。
「まだだ、まだ水流井の家が残っている。あれをどうにかしないと、彼女も私も幸せになれない」
「…そうだな、そうだった」
「結婚そのものはもう少し先にするよ。買収の目処が立ってから」
「そうね、菜乃花さんのお母様も心配だし」
園島さんに関しても当然調べた。水流井はきちんと約束を守り、手術を受けて回復へ向かっているそうだ。流石に騙すような真似はしないかと見直したが、菜乃花さんに会わせていないところを見ると、このまま縁を切らせるつもりだろう。これも早々にどうにかしなくては。
「とりあえず…婚約披露パーティーを開かない? あくまで内輪向けの」
母の提案は願ってもない話だった。
水流井はすぐにでも結婚させようとし、資金援助を要求するだろう。それをのらりくらりと躱すにしても限度がある。こちらに結婚の意思がないかのように思われるのは避けたい。婚約披露で、かつ内輪向けパーティーであれば怪しまれないだろう。
「やろう!」
私は早速、両親と計画を練り始めた。