太陽がくれた初恋~溺愛するから、覚悟して?~

「遅くなりましてすみません。佐伯 諒です。こちらはこのホールのフロントの羽倉麻依さんで、私の婚約者です。同席してもよろしいですか?」

こっここ婚約者!?

あ…そっか。
『彼女』より『婚約者』の方が一緒にいて違和感ない間柄だもんね。
やだなぁ、ひとりでドキマギしちゃった。


「えぇ、もちろんです」

「ありがとうございます。それで、私の母親というのはどういうことですか?」


諒の問いに、その女性は神妙な面持ちで静かに話し出した。

「…私は日野 友美(ひの ともみ)といいます。あなたは…5歳の時に百々瀬にある施設に預けられましたよね」


「…はい、そうですね」


「…ごめんなさい……そこに預けたのは…私です……うっ…うぅっ…」


それからその女性…友美さんは度々声を詰まらせながら、諒の誕生日から出生地、預けた施設などの情報と、それに至った経緯を語った。



――諒は、実父である日野 稔(ひの みのる)さんと実母の友美さんとの間に生まれた一人息子。


稔さんは大学の准教授だった。
真面目で学生の悩みにも親身になる優しい先生で、学生のみならず同僚の人達からも慕われていた。
また専門分野の研究で他の大学の教授達との論文の共同執筆なども精力的に行っていて、まさに前途洋々だった。

ところが、そんな稔さんを敵視していた他の教授や准教授らの謀略で、大学内で起こった横領事件で疑いをかけられてしまい、大学を辞めざるをえなくなった。

後に、その横領は彼らの悪行とわかり、彼らは逮捕または解雇され、稔さんの大学での疑いは晴れたものの、一度失われた信用を取り戻すには時間がかかりすぎた。

その地から離れ、別の土地でまたやり直そうとした矢先、稔さんは進行性の病に倒れ、32歳という若さで帰らぬ人となった。
それが諒3歳の時。

稔さんの遺してくれた遺産もあり、友美さんは働きながら一人で諒を育てていたが、諒を預けていた保育園で、どこからか稔さんの横領の噂だけを聞いたらしい保護者がその話を園に広めた。

最初のうちはすぐに収まるだろうと思っていた友美さんだったが、思いのほか噂が独り歩きしてしまい、横領は事実だとか、稔さんは自殺しただとか、果ては諒は浮気相手の子だ、などとありもしない話で持ち切りとなった。

園の方でも噂の火消しに尽力してくれていたし、友美さんを信じてくれるママ友達も多くいたのだが、保護者会で代表格のママさんが『諒を辞めさせろ、そっちが辞めなければ他の全員が辞める』とまで言い出してしまい、これ以上園に迷惑をかけられないと、退園することにした。

それでも友美さんは頑張って他の保育園や幼稚園などを当たってみたが、そのでっち上げの噂を他の園に広める人達のせいで入園することも難しく、そのため諒を預けられず友美さんも働けなくなってしまった。

預金と遺産を使って細々と暮らしていたが、根が真面目な友美さんはさすがに心身ともに参ってしまい、精神を病んでしまった。

通院しながら生活するが、段々と子育てはおろか家事や自分のことすらできなくなり、相談していた市の子育て支援室からの助言で、当分の間だけでも諒を施設に預ける事を勧められた。

それも最初は拒んでいたが、その時の自分の状態と諒の発育状況を説明されて、これでは諒の命さえ奪いかねない…と、泣く泣く預けたのだそうだ。

施設の方には『自分の状態が良くなり、また育てられる状況になったら迎えに来たい。しかしいつになるかわからないと医師から言われているので、もし、いい条件で諒を育ててくれる人がいれば、幼い内に新しい両親の元で育ってほしい』と伝えてあった。


友美さんは、働いて自活ができるようになるまで専門の施設で通院しながら過ごし、ようやく諒を迎えに行ける状態になった頃には既に8年が過ぎていた。

一応施設へ行ってみたが、諒は新しい両親の元で暮らしていると聞いた。

施設へは年賀状で諒の近況が知らされており、両親に愛されて育っていると聞き、安心したと同時に後悔の念で胸が押し潰されそうになったという。

でも、これがあの時の最善の策だったと自分に言い聞かせて過ごしてきた……そう語った。



本当は一生このまま探すこともせず、会わずに過ごすつもりだったが、古い友人がたまたまソレイユの会葬に来た時に、稔さんにそっくりな諒を見て、それから間もなくして名前を知り、もしかしたら…と友美さんに伝えたのだそう。

友美さんはそれでも会わずにいる事を望んでいたが、今回本当に偶然ソレイユに会葬で来て諒を見たら、いてもたってもいられなくなった、と…


「昨日、あなたを見た時も名乗り出るつもりはなかった……ただあなたの立派に成長した姿を見るだけで終わらそうと……でも…見たら…見ていたら…どうしても謝りたくて……伝えたくて…」

「………」

「謝って済む問題ではないし…許してもらえるとも思っていません……あなたにしてみれば、私は自分を捨てた親だと思われるのも当然です。でも……あなたをいらないと思ったことは一度たりともなかった…!…あなたと過ごした5年間は、私にはかけがえのない時間で…幸せな時間でした…」


友美さんのお話が終わり、しばしの沈黙が続いた後、諒が覇気のない声で言った。


「すみません、少し席をはずします…麻依、ごめん」

「ううん」


諒の…初めて見る苦悶の表情と…暗い声…


…そうだよね、戸惑うよね…混乱するよね…
きっと心の中…頭の中…すごいことになってるよね…


ん…今はそっとしておこう。


目で諒を見送っていたが、角を曲がったところでロビーから見えなくなった。

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