太陽がくれた初恋~溺愛するから、覚悟して?~
蓑部さんの個展会場は有名なギャラリーだけど、平日の午後イチなのもあって、さほど混んでいないようだった。
受付で招待券を出したら、受付脇にある芳名帳とは別の芳名帳に記入を促された。
どうやら麻依のお母さんが貰った券は特別招待券だったらしい。
順路に沿ってゆっくり絵を見ていく。
麻依は「芸術は何が芸術なのかよくわからないから、私が思うように勝手に解釈して見ちゃうんだ」って言ってたけど、それでいいんだと思う。
俺も佐伯の父が画家だったとはいえ、俺は絵に精通してるわけでもない。
俺は俺の見方でしか見られない。
次の部屋に入ると、ひときわ目立つ場所にあの絵があった。
これが…
うちにある小さいポストカードではなく、大きな実物の絵。
なんでだろう…
俺の理想がつまってる絵なんだけど、本物を目の当たりにしたら、なぜかすごく懐かしい感じがして泣けてくる。
「優しい絵だね」
って俺に言う麻依の目も潤んでいる。
「ん、そうだね」
2人で感動して見ていると、後ろから声をかけられた。
「…失礼、佐伯くんと羽倉さん、ですかな?」
振り返ると、写真でしか知らない蓑部さん本人が…いた。
俺は訳がわからぬまま「ハイ…そうです」と答えた。
すると、蓑部さんが麻依に微笑みかけた。
「では、あなたが〝羽倉デザインオフィス〞の羽倉社長のお嬢さん?」
そう笑顔で問われ、麻依は驚きながらも「はい、そうです。羽倉智世の娘の麻依です」と答えた。
そして今度は俺に向かってこう言ったんだ。
「では、君が佐伯雅晴(まさはる)くんの息子さんの諒くん?」
そう聞かれて……ただただ驚いた。
麻依のことならともかく…
「なぜ父を…?いえ、なぜ僕を…?」
俺は本当に訳がわからなかった。
軽くパニックになってたと思う。
「いや、いきなりですまなかったね。…後で少しお話しさせてもらってもいいかな、時間はあるかい?」
「はい……あ、麻依、いい?」
「うん、もちろんいいよ!」
いつもと変わらない麻依の笑顔に、少し落ち着きを取り戻した。
すると蓑部さんは「受付で待ってるから最後までゆっくり見ておいで」とその場を離れた。
2人でまた順路に沿って進み、全てを見終わると受付にいた蓑部さんに手招きされ、近くの喫茶店に一緒に入った。
「先程は急に失礼したね。改めまして、私は蓑部 洋といいます 。今日は私の個展に来てくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ楽しませて頂きました。改めまして…僕が佐伯 諒で、こちらは僕の婚約者の羽倉麻依さんです」
「はじめまして、羽倉麻依と申します。母がお世話になっております」
「さっきも思ったんだが、なるほど、お母さんとよく似ておられるね。羽倉さんの会社とは以前【ink:】(インク)さんのブランドとのコラボでお世話になってね、それ以来のお付き合いなんだ。そうか、羽倉さんの娘さんが…」
「実は今日の招待券も母に譲ってもらいまして」
「あぁ、聞いているよ。羽倉さんに招待券をお渡しした時に、娘さんに譲ってもいいかと聞かれてね。もちろんどうぞと答えたがね。いやぁ…何だかすごく縁を感じるねぇ」
「そうですね」
ふふっ、と笑った麻依が俺を見た。
俺もつられて笑顔になったが、そう言えば肝心な事をまだ聞いていなかった。
「蓑部さん、どうして僕をご存知なんですか?」
その問いに、蓑部さんは穏やかな笑顔で、父にまつわる話を聞かせてくれた。
蓑部さんと佐伯の父は画家になりたての頃からの友人だったそうだ。
「実は雅晴と私は子供ができない体でね、それもあって私は雅晴を弟の様に思っていたんだよ。だから雅晴が結婚するって教えてくれた時は嬉しくてねぇ。話してみたら秋絵さんも子供が望めない体だと聞いてね。『こんな俺達が出会えたのも運命だ。だから2人で生きていくんだ』と言った彼は本当に格好よかったし、私は秋絵さんに感謝したよ。でもある時、子供を育てることにしたと聞いてね。…事情は聞いたよ。諒くんも辛かったろう…」
「えぇ、少し前まで本当に…。でも今は麻依のおかげで過去も良い方に考えることができましたから、もう平気です」
麻依を見ると、ふふ、と照れてる。
「そうかい…麻依さんは大事な人なんだね」
蓑部さんが柔和な顔で微笑む。
「はい」
俺も笑顔で答える。
「そういえば、人物画のあの絵をじっくり見ていたね。何か気になるのかい?」
「あ…はい、初めて見た時からすごく心に残ってて…。ずっとあんな家族に憧れてて…俺の理想です」
「そうかい、ではこれから麻依さんとあの絵のような家庭を築くんだね」
「そうですね、楽しみにしてます」
やべ、想像したらすげぇ嬉しい。
ちらっと麻依を見たら、麻依もふふっ、て笑顔で俺を見てた。
ん、可愛い。
すると、柔和な顔のまま蓑部さんが語りだした。
「実はね」
「はい」
「あの絵の3人は、雅晴と秋絵さんと諒くんなんだよ」
「え…っ」
あの…真ん中の子供が…俺…?
驚いてる俺に、ゆっくり話してくれた。
「あの絵はね…雅晴が秋絵さんと諒くんを連れて私のところに遊びに来た時に見た情景なんだ」
昔を思い出しているのか、優しい顔で蓑部さんは続ける。
「夕焼け空の下…親子3人仲睦まじい姿は、諒くんが実子でないことを微塵も感じさせない、どこからどう見ても本物の親子だったよ」
知らない人から見れば、普通に親子3人の仲の良さが垣間見られる絵。
しかし真実は、この親子に血の繋がりはない。
だが、この目に見えているものこそが、実は真実なのではないかと。
だからこそ、私はあれを描きたかったんだと、蓑部さんは言った。
そっか…あれは俺と父さんと母さんだったんだ…
そして蓑部さんは申し訳なさそうに話を続けた。
父の死から数年経ち、蓑部さんはアート界で名前が上がることが多くなり、それに伴い頻繁に海外に出る様になった。
その間に母と俺は引っ越し、それから連絡が付かなくなったそうだ。
ちなみに蓑部さんは、バツイチだった女性と結婚し、女性の連れ子である息子さんが1人いるという。
「そうそう、秋絵さんはお元気かな?一緒に暮らしているのかい?」
「あ…実は今、入院してて…」
俺は、母が病気になったところから、麻依の父親にお世話になっていることなど、包み隠さず話した。
すると蓑部さんは額に手をやると、なんて事だ…と嘆いた。
「そんなことになっていたとは…あぁ…知らなかったとはいえ、すまないことをした…」
「いえ、蓑部さんが気になさることでは…」
「諒くん、雅晴の息子なら私の息子も同然と思ってるんだ。今まで何も連絡を取ろうともせずに申し訳なかった…。勝手なお願いだが…これを機に、これからは私が力になれることがあれば何でも頼ってほしい」
「そんな…畏れ多いです」
本当に…畏れ多いとしか言えない。
だって〝世界のミノベ〞と呼ばれている人だよ?
そんな人に頼るだなんて…
なのに。
「諒、よかったね!憧れていた絵の画家さんが諒のお父さんとこんなに繋がってたなんて、ほんとに奇跡みたいな話だもんね。きっと…頼る、っていうのは諒からしたら難しいかもしれないけど、こうしてまた絵を見にきたらいいんじゃないかな。あと年賀状を送らせてもらったりして、繋がりをもたせてもらおうよ」
ね?と麻依は笑顔を俺に向ける。
「麻依さんは本当に諒くんのことをわかってくれてるみたいだね。それにとても素敵なお嬢さんだ」
蓑部さんは自分の好意を素直に受け入れてくれる麻依に「ありがとう」と微笑んだ。
麻依のそんな後押しに勇気をもらい、蓑部さんと連絡先を交換して、またギャラリーに戻るとミュージアムショップに寄った。
蓑部さんは『欲しいものは全部プレゼントするよ』と言ってくれたのだが、流石にそれは申し訳ないと断ると、また麻依に諭された。
それなら…と、まだ持っていない作品集を1冊頂くと、サインまでしてくれた。
「家宝にします!」と言うと、蓑部さんに「価値が出ればいいけどねぇ、ハッハッハ」と笑われたけど、俺はすげぇ嬉しかったし、絶対に家宝にする!と心に誓った。
その他、ポスターやポストカードなどをたくさん購入してホクホクの俺に、蓑部さんが一緒に写真を、と誘ってくれた。
受付の方に3人で撮ってもらったり、蓑部さんが俺と麻依の2ショットを撮ったりとミニ撮影会を楽しむと、蓑部さんとの再会を約束し、ギャラリーを後にした。
受付で招待券を出したら、受付脇にある芳名帳とは別の芳名帳に記入を促された。
どうやら麻依のお母さんが貰った券は特別招待券だったらしい。
順路に沿ってゆっくり絵を見ていく。
麻依は「芸術は何が芸術なのかよくわからないから、私が思うように勝手に解釈して見ちゃうんだ」って言ってたけど、それでいいんだと思う。
俺も佐伯の父が画家だったとはいえ、俺は絵に精通してるわけでもない。
俺は俺の見方でしか見られない。
次の部屋に入ると、ひときわ目立つ場所にあの絵があった。
これが…
うちにある小さいポストカードではなく、大きな実物の絵。
なんでだろう…
俺の理想がつまってる絵なんだけど、本物を目の当たりにしたら、なぜかすごく懐かしい感じがして泣けてくる。
「優しい絵だね」
って俺に言う麻依の目も潤んでいる。
「ん、そうだね」
2人で感動して見ていると、後ろから声をかけられた。
「…失礼、佐伯くんと羽倉さん、ですかな?」
振り返ると、写真でしか知らない蓑部さん本人が…いた。
俺は訳がわからぬまま「ハイ…そうです」と答えた。
すると、蓑部さんが麻依に微笑みかけた。
「では、あなたが〝羽倉デザインオフィス〞の羽倉社長のお嬢さん?」
そう笑顔で問われ、麻依は驚きながらも「はい、そうです。羽倉智世の娘の麻依です」と答えた。
そして今度は俺に向かってこう言ったんだ。
「では、君が佐伯雅晴(まさはる)くんの息子さんの諒くん?」
そう聞かれて……ただただ驚いた。
麻依のことならともかく…
「なぜ父を…?いえ、なぜ僕を…?」
俺は本当に訳がわからなかった。
軽くパニックになってたと思う。
「いや、いきなりですまなかったね。…後で少しお話しさせてもらってもいいかな、時間はあるかい?」
「はい……あ、麻依、いい?」
「うん、もちろんいいよ!」
いつもと変わらない麻依の笑顔に、少し落ち着きを取り戻した。
すると蓑部さんは「受付で待ってるから最後までゆっくり見ておいで」とその場を離れた。
2人でまた順路に沿って進み、全てを見終わると受付にいた蓑部さんに手招きされ、近くの喫茶店に一緒に入った。
「先程は急に失礼したね。改めまして、私は蓑部 洋といいます 。今日は私の個展に来てくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ楽しませて頂きました。改めまして…僕が佐伯 諒で、こちらは僕の婚約者の羽倉麻依さんです」
「はじめまして、羽倉麻依と申します。母がお世話になっております」
「さっきも思ったんだが、なるほど、お母さんとよく似ておられるね。羽倉さんの会社とは以前【ink:】(インク)さんのブランドとのコラボでお世話になってね、それ以来のお付き合いなんだ。そうか、羽倉さんの娘さんが…」
「実は今日の招待券も母に譲ってもらいまして」
「あぁ、聞いているよ。羽倉さんに招待券をお渡しした時に、娘さんに譲ってもいいかと聞かれてね。もちろんどうぞと答えたがね。いやぁ…何だかすごく縁を感じるねぇ」
「そうですね」
ふふっ、と笑った麻依が俺を見た。
俺もつられて笑顔になったが、そう言えば肝心な事をまだ聞いていなかった。
「蓑部さん、どうして僕をご存知なんですか?」
その問いに、蓑部さんは穏やかな笑顔で、父にまつわる話を聞かせてくれた。
蓑部さんと佐伯の父は画家になりたての頃からの友人だったそうだ。
「実は雅晴と私は子供ができない体でね、それもあって私は雅晴を弟の様に思っていたんだよ。だから雅晴が結婚するって教えてくれた時は嬉しくてねぇ。話してみたら秋絵さんも子供が望めない体だと聞いてね。『こんな俺達が出会えたのも運命だ。だから2人で生きていくんだ』と言った彼は本当に格好よかったし、私は秋絵さんに感謝したよ。でもある時、子供を育てることにしたと聞いてね。…事情は聞いたよ。諒くんも辛かったろう…」
「えぇ、少し前まで本当に…。でも今は麻依のおかげで過去も良い方に考えることができましたから、もう平気です」
麻依を見ると、ふふ、と照れてる。
「そうかい…麻依さんは大事な人なんだね」
蓑部さんが柔和な顔で微笑む。
「はい」
俺も笑顔で答える。
「そういえば、人物画のあの絵をじっくり見ていたね。何か気になるのかい?」
「あ…はい、初めて見た時からすごく心に残ってて…。ずっとあんな家族に憧れてて…俺の理想です」
「そうかい、ではこれから麻依さんとあの絵のような家庭を築くんだね」
「そうですね、楽しみにしてます」
やべ、想像したらすげぇ嬉しい。
ちらっと麻依を見たら、麻依もふふっ、て笑顔で俺を見てた。
ん、可愛い。
すると、柔和な顔のまま蓑部さんが語りだした。
「実はね」
「はい」
「あの絵の3人は、雅晴と秋絵さんと諒くんなんだよ」
「え…っ」
あの…真ん中の子供が…俺…?
驚いてる俺に、ゆっくり話してくれた。
「あの絵はね…雅晴が秋絵さんと諒くんを連れて私のところに遊びに来た時に見た情景なんだ」
昔を思い出しているのか、優しい顔で蓑部さんは続ける。
「夕焼け空の下…親子3人仲睦まじい姿は、諒くんが実子でないことを微塵も感じさせない、どこからどう見ても本物の親子だったよ」
知らない人から見れば、普通に親子3人の仲の良さが垣間見られる絵。
しかし真実は、この親子に血の繋がりはない。
だが、この目に見えているものこそが、実は真実なのではないかと。
だからこそ、私はあれを描きたかったんだと、蓑部さんは言った。
そっか…あれは俺と父さんと母さんだったんだ…
そして蓑部さんは申し訳なさそうに話を続けた。
父の死から数年経ち、蓑部さんはアート界で名前が上がることが多くなり、それに伴い頻繁に海外に出る様になった。
その間に母と俺は引っ越し、それから連絡が付かなくなったそうだ。
ちなみに蓑部さんは、バツイチだった女性と結婚し、女性の連れ子である息子さんが1人いるという。
「そうそう、秋絵さんはお元気かな?一緒に暮らしているのかい?」
「あ…実は今、入院してて…」
俺は、母が病気になったところから、麻依の父親にお世話になっていることなど、包み隠さず話した。
すると蓑部さんは額に手をやると、なんて事だ…と嘆いた。
「そんなことになっていたとは…あぁ…知らなかったとはいえ、すまないことをした…」
「いえ、蓑部さんが気になさることでは…」
「諒くん、雅晴の息子なら私の息子も同然と思ってるんだ。今まで何も連絡を取ろうともせずに申し訳なかった…。勝手なお願いだが…これを機に、これからは私が力になれることがあれば何でも頼ってほしい」
「そんな…畏れ多いです」
本当に…畏れ多いとしか言えない。
だって〝世界のミノベ〞と呼ばれている人だよ?
そんな人に頼るだなんて…
なのに。
「諒、よかったね!憧れていた絵の画家さんが諒のお父さんとこんなに繋がってたなんて、ほんとに奇跡みたいな話だもんね。きっと…頼る、っていうのは諒からしたら難しいかもしれないけど、こうしてまた絵を見にきたらいいんじゃないかな。あと年賀状を送らせてもらったりして、繋がりをもたせてもらおうよ」
ね?と麻依は笑顔を俺に向ける。
「麻依さんは本当に諒くんのことをわかってくれてるみたいだね。それにとても素敵なお嬢さんだ」
蓑部さんは自分の好意を素直に受け入れてくれる麻依に「ありがとう」と微笑んだ。
麻依のそんな後押しに勇気をもらい、蓑部さんと連絡先を交換して、またギャラリーに戻るとミュージアムショップに寄った。
蓑部さんは『欲しいものは全部プレゼントするよ』と言ってくれたのだが、流石にそれは申し訳ないと断ると、また麻依に諭された。
それなら…と、まだ持っていない作品集を1冊頂くと、サインまでしてくれた。
「家宝にします!」と言うと、蓑部さんに「価値が出ればいいけどねぇ、ハッハッハ」と笑われたけど、俺はすげぇ嬉しかったし、絶対に家宝にする!と心に誓った。
その他、ポスターやポストカードなどをたくさん購入してホクホクの俺に、蓑部さんが一緒に写真を、と誘ってくれた。
受付の方に3人で撮ってもらったり、蓑部さんが俺と麻依の2ショットを撮ったりとミニ撮影会を楽しむと、蓑部さんとの再会を約束し、ギャラリーを後にした。