太陽がくれた初恋~溺愛するから、覚悟して?~

これをピンチと言わずして何と言う…

夜の8時を過ぎ、ホテル内のイタリアンレストランで夕食を満喫した俺達三人が感想を話しながら客室棟の方へ歩き始めた時だった。

いきなり俺達の前に、帽子にマスクとサングラスという出で立ちの女性が立ちはだかったんだ。


…誰だ…?
怪訝に思いながら、俺は隣に並んでいた麻依を庇うように前に出た。


何かご用ですか?と口を開く直前、その女性がサングラスを取りながら、小声で話し掛けてきた。

「アタシよ、月乃ナルミ」

「……!」

「諒クンたら、後で会いましょ、って約束したのに帰っちゃうんだもの。……ねぇ、お話ししたいことがあるの。少しお時間いいかしら?」


…俺達の泊まるホテルなんてテレビ局の人だって知らない筈なのに、何でここに…とゾッとした。

その胸中はきっと顔に出ていると思うが、できるだけ平静を装った。

「…すみません、もう戻りますので失礼します」

それだけ言い、俺達は月乃さんの脇を通り抜けようとしたのだが、その一瞬前、スッと俺の前に再び立ちはだかった。


「…何でしょうか」

「諒クンに大事な話があるのよ」

「私は用はありませんので失礼します」

軽く頭を下げ、脇を通り抜けようとした時、月乃さんが「あら…本当にいいの?」と呟いた。

少し気になり一瞬立ち止まると、月乃さんがこちらを向いた。

「…アタシを無視すると、今度は良くない話題でテレビに出ちゃうかもかも…よ?」

その言葉と表情にどす黒いオーラが見え、さっきの智さんの言葉を思い出した俺は、ドクドクと嫌な動悸がした。


〝アイツにタゲられるとかなりしつこいって聞くし、裏の噂じゃアイツのやり方はかなりヤベェからよ、マジで気を付けろよ〞


ただ事ではないかもしれない…
焦りと不安を感じると…自然と麻依を見てた。
…安心したかったんだろうな、俺…

すると麻依も神妙な面持ちで俺を見たんだ。

きっと麻依も同じ気持ちでいてくれている…
そう思うと、少し心に力が湧いてきた。

そして、見つめあったまま俺の手をぎゅ…と握って、コクリと小さく頷いたから…俺も頷き返した。


「…わかりました。では……そこで聞きますので」
と、たまたま目についた、イタリアンレストランの向かいにあるバーを指差して言った。

店なら二人きりにならずに済むし、他人の目もあるから変な真似もされないだろう。


「あら…諒クンとお酒を飲みながら語り合えるなんて…長く素敵な夜になりそうね」
と俺の腕を抱えるようにベッタリとくっついてきた。

また、ぞわぞわっ!としながら「すみません!」と条件反射的に振りほどいたのだが…

「あん……諒クンたら久しぶりだから照れてるのね…フフ、かわいい」

と言われて、俺は、ぞわぞわっ!が全身の皮膚に伝った感触を覚えた。

うわぁ…と両腕を擦っていると、月乃さんを見る千紗さんが俺以上に感情の消えた真顔になっていて、失礼ながらクッ、と笑ってしまった。

「さ、行きましょ」と先に歩き出した月乃さんの数歩後ろに続いた俺の腕を、いきなり千紗さんがグイッ!と強く引っ張り、引き留めた。

「っ!?」
俺の足が止まった一瞬の隙に、千紗さんが俺のジャケットの胸ポケットにスルッと何かを入れた。

ん?と取り出そうとする俺を制し「麻依のことは任せて!さ、行ってこい」と、ウインクとグッドサインで俺を送り出すから…

これには何か思惑があるのだと察し、胸ポケットの何かには触れないでおくことにした。
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