本能のまま、冷徹ドクターは新妻を愛し尽くす
「あ、ああ」

患部を慎重かつ丁寧に縫合しながら修平の心は不思議とどんどん凪いで、脳裏には封印を解かれたように幼き日が蘇った。

優しくそそっかしいところのある母は幼稚園教諭で、寡黙だが修平とよく遊んでくれた父は商社マンだった。

毎日が楽しく幸せでなんの不安もなかったある日、保育園に迎えに来たのが遠方に住む祖母だったので修平は不思議に思った。

自宅ではなく病院の地下室に連れていかれ、線香が煙る中で冷たくなった両親と対面したのだ。

人の死をまだ正しく理解できない年齢だったため、揺すったり引っ張ったりして必死に両親を起こそうとした。

大泣きする祖母に二度と目を覚まさないと教えられ、目の前が真っ暗になったのを覚えている。

途方もない深淵に突き落とされて不安に溺れた修平は、壊れそうな心を守るために両親との思い出も子供らしい無邪気な感情も、すべてを封印したのだ。

(心が発達不全なのだと思っていたが、感情を閉じ込めていただけか)

そのことに気づくとまたしても大切な人を失うかもしれないという恐怖や悲しみが膨れ上がり、手が震えそうになる。

それを強い救命の意志の力で懸命に制御した。
< 189 / 211 >

この作品をシェア

pagetop