本能のまま、冷徹ドクターは新妻を愛し尽くす
朱塗りの盃に注がれる神酒は、ほのかにフルーティーな香りがして透き通り、水面がキラリと輝いている。

それをきれいだと思ったら、真琴の気持ちがスッと前向きに切り替わった。

(やってみもせずに諦めてはいけない。まずは会話を弾ませる努力をしてみたら?)

「うん」

自問自答の心の声が漏れていた。

訝しげな修平の視線を右頬に感じつつも、真琴は決意の笑みを浮かべて三の盃に唇をあてた。

* * *

時を遡ること二か月前――。

煮物や揚げ物、焼き魚の香りが漂う調理場で真琴は今日も働いている。

ここは百年近い歴史のある仕出し弁当屋で、真琴の父親が四代目経営者。

両親と真琴、三歳離れた兄の一家四人と、パート従業員七人で商いをしていた。

背中の中ほどまである長い黒髪を束ねて三角巾をかぶり、〝花福(はなふく)〟という店名が書かれた紺色のエプロンを着た真琴は、ステンレスの調理台にズラリと並んだ弁当の容器に総菜を詰めている。

(時間がないけど焦っては駄目。美味しそうに見えるように盛りつけは丁寧に)
< 4 / 211 >

この作品をシェア

pagetop