横浜山手の宝石魔術師



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翌日。

朱音は化粧も落とさずシャワーも入らず、それこそ着替えもせずにベッドで爆睡し、目を覚ますとそろそろ十時という時間に一瞬時空が歪められたのでは無いかと思うほど驚いて慌てて風呂場に駆け込んだ。

十一時に車をよこすという話しだったが、十五分前にアパートの窓から下を覗けば既に車は止まっていて、余計に慌てながら準備して車に走り、そして洋館に着くと、昨夜おかしなことが起きたリビングに通された。

ローテーブルには品の良いカップに紅茶がつがれ、そのテーブル越しのソファーにはあの超絶美形の男性が長い足を組んで座っていた。

年齢がいまいちわからないが三十前後なのだろうか、仕立ての良い紺色のスリーピースのスーツ姿で、ネクタイは上品な濃い紫に何か織りが入っていている。

ストレートの髪は天使の輪が出来るほどの艶やかなダークブラウンで、少し長めの髪が動くたびにさらりと音を立てるかのようだ。

透き通ったきめ細かい肌に整った顔のパーツが絶妙のバランスで乗せられ、あまりに整いすぎで人形のように感情がないのではと思わせ、昨夜は青に見えた瞳の色は今は深いグレーだが、一色では無く何か沢山の色を凝縮している。

いかにも男性的な顔というより少し中性的にも感じ取れる。

だけど広い肩幅や、昨日朱音の手を包んだ大きな手が、彼が男性だとわからせる。

もちろんルックスもさることながら、こういうものが気品というものなのだろうかと思わせるほどその男のたたずまいも動きも品がにじみ出ていて、朱音はまるで異世界の生物と対峙している気がした。


「昨夜は本当に申し訳ありませんでした。

眠れましたか?大丈夫でしたか?」


「しっかり寝ました。

ですので吉野さんもあまり気にしないで下さい」


「それは安心しました。

あぁ、僕のことは冬真と呼んで下さい」


そう言うとにこりと朱音に笑いかけたが、すぐに表情を引き締めた。


「まずは先にお話ししておきます。

・・・・・・僕は魔術師です」


唐突な言葉に、朱音は表情も変えず冬真を見る。

表情を変えなかったのでは無い、どう反応すべきかわからなかったのだ。


「えっと、占いをされる方の総称ですか?」


「いえ。魔術を扱う者のことを指します。

信じて頂けないのは無理もないのですが」


苦笑いしながら冬真は続ける。


「以前お話ししました通り僕は日本人の父とイギリス人の母のハーフですが、母が魔術師の家系で、僕も小さな頃からそういう世界と触れあっていたせいか、魔術師という道を選びました。

まぁそれだとこのご時世怪しまれますので、表向きは宝石を扱う仕事をしています。

占星術やカウンセリングは本業と密接していますので必要に応じてですね」


「宝石を扱うって、ジュエリーショップを経営されているとかですか?」


「いえ、宝石の仲介業とでもいいましょうか。

魔術では宝石、私達の用語では『ジェム』と呼びますが、ジェムは非常にオーソドックスな品でして、魔術師が要望する宝石を仕入れたり、表向きは宝石業と名乗っていますので一般の方々へ販売することもあります。

こちらではルース、原石から研磨された状態のものを言いますが、そのルースと装飾品や魔術儀式用に加工された品を取り扱っています」


「それでラブラドライトのことも詳しかったんですね」


「占星術も宝石も、大元をたどれば魔術にいきつくんです。

魔術は現代にもごく普通に息づいているものなんですよ」


冬真は優しい笑みでそう答えたが、朱音からすればなんとも理解できるようで出来ない話だ。

だが昨夜のおかしな経験を考えれば、嘘だとは思えない。

まずは気になっていることを朱音は口にした。


「あの、今まで何故女装されていたんですか?

あ!いえ、セクシャリティな問題でしたらすみません、お答えしなくても」


慌てたように言った朱音を冬真は不思議そうにしたあと、口元に手を当ててくすくすと笑っている。


「お客様の情報に関わることですので詳しいことはお話しできませんが、魔術師としての仕事を受けていまして解決のためにあのような姿になるしか無く。

無様な格好をお見せして恥ずかしい限りです」


少し困ったように視線を朱音からそらした冬真を見て、なんてイケメンなんだろう、と思うと同時に、あの冬子がいなくなったのだと理解する。

出来ればあんな素敵な女性とお茶をしたり、恋の話をしたり、一緒に買い物に行ったりしたかった。

あんな素敵な姉がいたのならどんなに幸せだろうとつい思ってしまった分、寂しさをどうしても感じてしまう。


「朱音さん?」


心配そうに声をかけた冬真を朱音は見つめる。

確かに冬子は消えてしまったけれど、あの優しい人は目の前にいるのだ。

朱音はそう思って笑みを浮かべた。


「すみません、昨夜おかしなものを見たことは覚えているのですが、何だか訳がわからないというか、いえ、嘘だとは思わないのですが、その」


「どうかお気遣い無いように。無理もありません」


朱音が言葉を選びつつもなんと言えば上手く言えるのか悩んでいたら、冬真が穏やかに答えた。


「冬子さんに会った時からその美しさに異世界の人だと思ったくらいで、今も本当に自分は起きているのか自信がなくなりそうです」


「大丈夫です、ちゃんと起きてますよ」


笑顔で冬真は返してきたが、何かズレている。

起きているか起きていないかわからなくさせているのは、恐ろしいほどの美形が目の前にいることも大きな要因なのだが。
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