横浜山手の宝石魔術師





「昨日見たあのバケモノのようなものって何だったんですか?」


消えてしまったとはいえさすがに朱音としてはまた化けて出てこないか気がかりだ。


「あれは生き霊です。

仕方なく手荒な方法を使いましたが、もう朱音さんに何かすることは無いので安心して下さい」


詳しいことは話せない。

必要最小限の返答だけで打ち切った冬真の意味を理解して朱音はそれ以上聞かなかった。

しかし、あまりに色々起きて朱音としては思わずため息が出てしまう。


「もう夢だったら良いなって思います」


思わず肩落として言った朱音に冬真は、


「そうですよね、怖い思いをさせて申し訳ありませんでした」


そう言って頭を下げたため、朱音は慌てて、違うんです、と事情を話し出した。


「実は、来月中にアパートを出て行くように管理会社から郵便で一方的に通告されまして。それも昨夜」


「何故そんな急に?」


「建物が安全基準を満たしてないそうで」


あはは、と乾いた笑みで朱音が言うと、冬真は形の良い顎に手を当て何か考えているようだった。


しばらく黙っていた冬真がおもむろに顔を上げ、朱音を見る。


「一部屋空いていますよ」


「はい?」


冬真は真面目な顔で言ったが、朱音には意味がわからない。

もしかしてアパート経営でもしていて空きがあるのだろうか。


「とりあえず、まずは見てみませんか?」


そう言って立ち上がった冬真は、笑顔でリビングのドアを開けると朱音を促した。

朱音は訳がわからないまま鞄を持って立ち上がろうとしたら、すぐそこなので持たないで大丈夫ですよと言う言葉に頷いてホールに出る。

てっきり玄関から外に出るのかと思えばホールを突っ切り、例の占ってもらった部屋とは反対側にあるドアノブに手をかけた。


「掃除はこまめにしてあるのですが」


ドアを開けた先に何故か小さなカーテンが中を見えないようにかけられていて、そこを開ければあの占いをした部屋よりは少し狭いものの角部屋らしくいくつかの窓から光が入り、白い壁が一層部屋を明るくしている。

冬真は、驚いたように周囲を見渡している朱音に声をかけ、部屋の中にある一つのドアを開けた。


「こちらがバスルームなどの水回りです。

元々海外の作りなので日本のようなユニットバスではなく、バスタブとシャワーになっていて、洗面台とトイレもこちらです。

部屋に無いのはキッチンとランドリーですね。

それは共用になってしまうのですが」


朱音は呆然と部屋の中やバスルームを見ていた。

アパートのバスルームはトイレと洗面台が同じ場所にあってシャワーカーテンで仕切る恐ろしく狭いスペースで、バスタブで足なんて伸ばせない。

それに比べ、こちらは磨りガラスの窓から光がバスルームの中に差し込み明るくて広い。

周囲の壁には胸より少し高い高さまで海を思わせるような青い大きなタイル、床には貝の柄が描かれた白地のタイルが敷き詰められ、アパートの二倍近くありそうな大きな浴槽は中で身体を洗っても余裕なほど。

バスルームを出て再度部屋を見れば既にお洒落で一人用にしては大きなベッドが置かれ、大きなクローゼットが二つある。

この部屋にも小さなサンルームがあり、外の裏庭の緑が大きな窓から見えてこの部屋の一部になっているかのようだ。


「この部屋に以前住んでいたのは女性です」


朱音がうっとりとサンルームから外を眺めていたら、後ろからの冬真の声で引き戻された。

そう、女性、という単語に思わず反応してしまった。


「・・・・・・その方は?」


「海外に。

当分日本に戻って来られないからと元気に出て行きました」


苦笑いして言う冬真を、朱音は何故か複雑な気持ちになった。

とても親しい間柄、それを感じてしまったせいだろうか。


「こちらでよろしければお貸しできますよ?」


「えっ?!でもその女性がそのうち戻られるんですよね?」


「戻ってきてもこちらに住むことはありません。

その時は一緒に海外に行ったご主人と家を買うと話していましたから」


その言葉に朱音はホッとする。

ホッとしたのはすぐ戻ってくることでは無いけれど。


「でも、こんな素敵なお部屋を借りられるほど恥ずかしながらお金が・・・・・・」


すみません、と朱音は丁寧に頭を下げた。

今のアパートは狭いし壁も薄いが、厳しい予算内で何とか探し出した場所だった。

今の手取りから短大の奨学金などの返済を考えると、家賃は出来るだけ抑えたい。

こんな素敵な洋館、そして冬真さんがお仕事をする側に住んでみたかったけれど現実問題として無理だ。


「家賃は頂きませんよ?」


何か遠い方を見ていた朱音は冬真の声に不思議そうな顔をすれば、そんな朱音に気が付き冬真はくすっと笑う。


「ここの土地建物すべて僕の所有ですが、賃貸業はしていないんです。

他にもここに住んでいる人が居ますが、あくまで自分の家の一部屋に住まわせているだけで家賃はもらっていません。

家賃をもらうと家賃収入を得ることになり税務上の手続きや色々面倒なことになるので」


説明を聞きつつ、朱音はただ驚いていた。

こんな素晴らしい洋館を貸してお金取らないなんてどういうことなのだろう。

そんなに魔術師という仕事は収入が良いのだろうか、いや、そもそもお金持ちなのだろうか。

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