横浜山手の宝石魔術師
第二章 パライバトルマリンと人造石の輝き
横浜山手地区は外国人居留地の面影が残る地域で、週末ともなると観光客が押し寄せる。
まだ朝早い時間はさすがの観光客もおらず、犬の散歩やランニングをする地域住民、朝練に向かう学生などがいるくらいで、特に冬真が所有するこの洋館はメインの通りから少し入っていることもありとても静かだ。
冬真にここに住むことを誘われた朱音は、冬真が紹介してくれた引っ越し業者にこれまた格安でうけてもらい無事に引っ越しを終え、この屋敷に住むようになって一週間ほど経った。
朱音は喉が乾いて目を覚まし、時計を見ると朝の六時前。
せっかくの休みの土曜日、飲み物を飲んでからまた二度寝しようとベッドから起き上がった。
あのアパートに住んでいた時にはヨレヨレのパジャマを着ていたが、ここではそういう訳にもいかないと淡いピンク色の長袖の部屋着を着て、身体のラインが見えないように軽い長めの上着を羽織ると部屋を出る。
前の家は小さな冷蔵庫が備え付けてあったため冷蔵庫は買っていなかったが、やはり部屋には小さめの冷蔵庫くらいあった方が良さそうだ。
ペタペタとスリッパでロビーを抜け、キッチンのドアを開けるとそこには何故か、ミケランジェロが作ったあの有名なダビデ像らしきものが後ろ向きにあった、どどーんという効果音が聞こえそうなくらいに。
正面から朝日を浴び、神々しいほどにバランスのとれた肉体美が腰に手を当てた状態で何かをグビグビ飲んでいる。
逆三角形の筋肉が美しい背中、引き締まったお尻。
女神の次は筋肉の神が降りてきたのだろうか。
朱音はドアに手をかけたままその銅像を呆然とみていた。
だが、何故かその銅像が振り返った。
当然だが背中に何も着ていないなら、前が何かで覆われているはずは無い。
ダビデはぽかんとした顔をして、あ、と呟いた瞬間、洋館中に朱音の悲鳴が響き渡った。
「朱音さん?!」
悲鳴を聞きつけた冬真が二階から素肌に羽織ったシャツの前ボタンを閉めながら駆け下りキッチンに入ると、足下には目を見開き震えながら座り込んでいる朱音、目の前には真っ裸の男が立っていた。
冬真はすぐさま朱音の後ろにまわり、彼女の目を手で覆う。
「Three、two・・・・・・」
「わかった!わかったから!!」
突然三秒前からネイティブな英語のカウントダウンが始まり、ダビデは一目散にキッチンを出ると、どかどかと二階へ上がり、バタン!とドアが閉まった。
「大丈夫ですか?」
そっと手を外し前に回った冬真が心配そうにのぞき込むと、朱音は口を開けたまま真っ赤になっている。
「すみません、朝から住人がとんでも無いことを」
朱音は叫んだもののその後は言葉が出ずに、困惑したまま冬真を見た。
「朝食後に挨拶させますから。
あ、会うのも嫌なら排除しておきますよ?」
なにげに物騒な言葉を交ぜながら冬真は朱音に提案をし、朱音は呆然としたまま頷いた。
ここの洋館に引っ越してきて朱音がまともな朝食を取ってないことに気が付いた冬真は、ほぼ強制的に朝食を一緒に取るようにさせた。
晩ご飯もアレクがきっちり用意をしており、朱音は食事代などを払うと冬真に申し出たのだが、費用はたいして変わらないと笑顔で断られ、以前より遙かに豪華な部屋と健康に配慮した食事を取っている。
朝食にさっきの男は同席せず、目の前には焼きたてパンに目玉焼き、カラフルなサラダなど盛りだくさんの内容が並ぶ。
冬真は家にいるときは基本紅茶しか飲まないため、今朝も朱音と冬真には紅茶が出ている。
アレクがオリジナルで組み合わせた茶葉もかなりあるため、朱音は毎朝どんな紅茶が出てくるのかも楽しみの一つだ。
冬真と向かい合い、たわいないおしゃべりをして食事をするのだが、まだイケメン過ぎるハーフを前にして食事をするというのは朱音にとっては緊張するものがあり、朱音はパンを手で小さめにちぎって口に運びながら早く慣れますようにと心の中で願っていた。