横浜山手の宝石魔術師
「あの、吉野さんの会社の方ですか?」
ドアから出てすぐに声をかけてきたのは、あの廊下に立ってこちらを見ていた女だった。
年の頃は二十代後半あたりだろうか、大きな巻き髪で年齢の割に化粧が濃く私服だと思うが色合いがかなり派手だ。
午前の部で見かけたこの女は真っ赤なドレスを着ていたため、最初は同一人物だとわからなかった。
朱音はもしもの時冬真の手伝いが出来るようにとグレーのスーツを着ていたせいか、冬真の仕事の関係者と勘違いされたらしい。
確かにパンフレットの冬真のプロフィールには宝石業と書いてあるし、凄腕若社長とその部下と思われても無理も無い。
「吉野さんにご相談したいことがあって」
切羽詰まったように言い寄る女に朱音は困惑する。
「すみません、私は吉野さんの知り合いではありますが、仕事の関係者では無いんです」
「でも知り合いなんですよね?取り次いでくれませんか?」
宝石の仲介はしていると冬真が言ってはいたが、朱音には詳しい仕事がわからずこういう人を会わせて良いのかがわからない。
もしもこの女性が魔術師関係の依頼なら取り次いだ方が良いのかもしれないが、まさか魔術師ですかと聞くわけにもいかず、私にはわからないのでと朱音は必死に繰り返していた。
「どうしました?」
その声に振り向き、冬真が近づいてくるのを見てほっとしたが、女もそれに気が付き、急いで冬真の元へ駆け寄る。
「吉野さんですね?」
「えぇ。僕に何か?」
「宝石でご相談があるんです」
「申し訳ないのですが、僕は紹介者のある方のみ仕事を引き受けているんです。
ですのでどこか宝石店に行かれた方がよろしいかと」
わかりやすいほど仕事を受けませんと言っているのに、女は動じない。
「いえ、吉野さんじゃなければいけないんです。
あなたのルックス、人を魅了する力、そういう人が扱い、良いと思う、そんな宝石が欲しいんです」
朱音は女の言っている意味がわからなかった。
なんで冬真のそういうところと宝石がつながって、それを欲しがることになるのだろう。
冬真は必死に宝石が欲しいと繰り返す女を見ていた。
「何か事情がありそうとはいえ、先ほどお話ししたように紹介者の無い方に販売はしません。
そうですね・・・・・・あくまでただ話を聞くだけ、ということでよろしければ少しの時間お付き合い出来るかもしれませんが」
女はその提案に考え込んでいたようだが、お願いしますと返事をした。
「朱音さんこの後時間ありますか?出来れば同席して欲しいのですが」
冬真は紹介者から相談のある相手なら女性と一対一で自宅の仕事部屋で会うのだが、実は自宅入り口、仕事用の部屋の玄関と部屋の中などに防犯カメラがある。
盗難を防ぐ為でもあるが、初対面の女性と一対一で会うのは男にとってもリスクがあるのを冬真は承知しているため防犯カメラを設置している。
今回は朱音がいるからこそ、女の話を聞こうとしたのだ。
朱音が了承したので冬真はスタッフに確認し冬真の控え室がまだしばらくは利用できるとのことで、その小さな部屋で四人座れるテーブルに冬真と朱音が並び、冬真の前の席に女が座った。