横浜山手の宝石魔術師
「あの」
「はい」
朱音はすぐに返事を返され言いよどみそうになった後、話すことにした。
「実は今日、父の決めた相手と無理矢理見合いをさせられたんです。
それもいきなり一対一で」
朱音の遠慮がちに話し出した内容を聞いても、冬子は特に驚きもせず穏やかな表情で続きを話すのを待っている。
「お相手は歳がかなり上ではあるんですが、良い会社に勤められて収入もかなり良いと。
父が私の早い結婚を望んでいるのはわかってはいるのですが、その・・・・・・」
朱音の顔は話していくたびに俯いていく。
朱音の父親は短大進学より結婚を優先すべきだと言い、そんなことを言う理由もわかっている。
わかっているからこそ邪険には出来ない。
性格の変わってしまった父親に耐えかねて、朱音は父親を一人にして東京の短大に飛び出してきた手前、負い目を感じていた。
だから今回も言われたとおりに会ってきた。
でも、後どれだけ結婚は嫌だと逃げ切れるだろう。
さっきまで明るい表情でいた朱音の顔に陰りがあることに気が付いて、冬子が声をかける。
「朱音さんはその方にどのような印象をお持ちなのですか?」
「あまり、良い印象は・・・・・・」
「もう少し話してみたい、というお相手ではないのですね」
「そう、なんですけど・・・・・・」
もっと我慢して話せば印象は変わるのだろうか。
自分が我が侭なだけで、父親の言うように凡庸な能力と顔の自分からすれば、もったいない結婚相手を逃してしまおうとしているのだろうか。
でもいつまでも思い出に残る、あの金髪に青い瞳の王子様を思い出してしまう。
友人達にはそれがいけない、そんな夢ばかり見るから未だに彼氏も出来たことが無いのだと何度注意されたことだろう。
別に彼と結婚したい訳じゃ無い。それが無理なのはわかりきったことだ。
だけど結婚をするのなら父親に勧められた条件ばかり良い相手ではなく、自分で好きになった相手と付き合ってしたい。
そうは言ってもまだあの人以外、忘れられないほど好きになった人に出会ったことは無いけれど。
「もしかして、どなたか気になる方が?」
沈んだ表情をしていた朱音が、ふわ、と柔らかい表情を一瞬だけ浮かべたのを冬子は見逃さなかった。
彼女の気持ちを戻す手助けがあるように思え、冬子は優しく問いかける。
「気になる、というか、昔、素敵な人に出会ったことがあって」
彼のことは気になるという存在では無く、もう憧れや夢の存在に近いだろう。
「もしよろしければ、お話を聞かせては下さいませんか?」
あくまで自然に尋ねてきた冬子に、朱音は彼のことを話したい気持ちが膨らむ。
この話を友達にしたことがあるが、夢物語、思い出は心の奥に仕舞っておけと言われ、二度と話すことは無くなった。
でもイギリスと関係し、ラブラドライトのような瞳を持つこの人に聞いて欲しい。
朱音は膝に置いていた手をぎゅっと握って顔を上げると、大切な思い出を話し始めた。