横浜山手の宝石魔術師
「短大最後の年に、ロンドンへ一人で旅行に行ったんです。
路地裏を一人で歩いてて、レンガ造りの建物で角に入り口のあるアンティークショップが気になって思い切って入ってみました。
店内に入ると人気が無いので怖くなったんですが、見れば大きな柱時計から食器まで雑多に置かれていて、気が付けば宝探しをしている気分になりながら見て回っていました。
そこでテーブルの上に並んでいた一つのペンダントに目がとまって。
グレーの丸い石のついた銀製のペンダントで、手に取って少し動かしてみるとそのグレーが美しい青色に変化するんです。
びっくりしてこれは何だろうと思っていたら、突然声をかけられたんです『この石はラブラドライトですよ』って。
あ、もちろん英語でした、わかりやすい単語で話しかけてくれたんですが」
話しながらもまるであの時のことが鮮明に蘇る。
夢のようでそれは現実の出来事。
「突然のことにびっくりして顔を上げれば、そこには金色の髪に青い瞳の男性がいました。
窓から入る夕日を背にして、まるで絵本から王子様が出てきたのかと思うほどに美しい人で。
だけど彼は誰かに呼ばれたようで、笑みを浮かべるとお店の奥に行ってしました。
私はそのラブラドライトのついたネックレスが欲しくて値札を見たら、五万以上のお値段がついていてびっくりして諦めました。
貧乏旅行でただでさえ切り詰めた状態だったので」
苦笑いする朱音を、相づちを打ちながら冬子は聞いている。
「お店を出てからとぼとぼホテルまで歩いていたんですが、歩道の横に車が止まって呼び止められたんです。
その人はさっきの王子、えっと彼で、忘れ物ですよと小さな紙袋を渡してくれて、驚いて謝罪すると、彼は気にしないでと言って車は行ってしまいました。
ホテルについてその紙袋を開けたら長い箱が入っていて、その中にはあのラブラドライトのついたネックレスでした。
同封されていたカードには、これはあなたへのプレゼントだと英語で手書きで書いてあって。
本当にびっくりしてまたお店に行ってあの人のことを聞きたかったのですが、翌日は早朝に帰国だったので・・・・・・」
高額なものを突然見知らぬ、それも王子様のように素敵な男性にプレゼントだと渡され、朱音は夢のような経験をした。
それは今も色あせること無く、むしろ大きくなって朱音の心を占めてしまった。
いい加減彼とは二度と会えないのだし、自分にふさわしい相手を見つけるべきだとわかってはいても、どうしても比べてしまう。
そんなことをしたら一生彼氏なんて出来はしないのに。
「・・・・・・素敵ね。でも少しキザかも」
優しい声の後ちょっと笑って冬子がそんな事を言ったので、思わず朱音は吹き出した。
何一つ嫌みにも感じないその言葉と声は、すぅっと朱音の心に届いて何故かホッとさせた。
この話をして、こんなにも良かったと思うことはなかっただろう。