横浜山手の宝石魔術師
「そうだなぁプレゼントより、してもらいたいことがあるからそれを頼みたい」
「私に出来ることなら!」
「あーじゃぁ今度モデル頼むわ」
「いかがわしい事じゃ無いでしょうね」
健人の言葉に冬真の目がすっと細くなると、そんな事思いつくお前の方がエロいんだよ!と健人がツッコミを入れた。
「僕は近々朱音さんに魔術師秘書として本格的なお仕事をお願いすることになりそうなのでそれに応じていただけたらと」
「おい、なんだそれは」
にこにこと話した冬真を、健人が睨む。
「何がですか?」
「魔術師秘書って何だ?!朱音のことか?!」
「そうですよ?」
「そうですよ?、じゃねぇよ!
何勝手に朱音をお前の仕事に巻き込んでんだ!
聞いてないぞ!俺は!」
「聞かれてないですし」
「どう聞きようがあるってんだ!
吐け、何が目的だ、このエセ紳士が!」
「そんな言い方、傷つくじゃ無いですか・・・・・・」
「切なそうな顔して何でも許してくれるのは女だけなんだよ!」
「そうでもないですよ?」
怒りながら話す健人に、冬真は笑顔でのらりくらりと返し、その言葉に健人の堪忍袋の緒が切れた。
「いいから全て吐きやがれ!」
朱音は目の前で繰り広げられている口喧嘩にオロオロとしてしまうが、手がむなしく空中をさまようだけ。
「ずっと女性でサポートをしていただける人が欲しかったんです。
朱音さんの仕事ぶりを見て、是非にとお願いしたら快諾して頂けたので」
お願いされた覚えも快諾した覚えも無く、気が付くとそうなっていたのだがあまりに冬真が自信ありげに話すので、朱音はもしかしたら自分が忘れているだけでそういうやりとりがあったのではと思えてくる。
完全に冬真の大嘘なのだが、自信ありげに言われれば自信の無い者は自分の記憶の方が間違っていると思いがちだ。
「そうなのか?」
健人が朱音に尋ね、朱音がちらりと冬真を見れば笑顔だ。何を意味しているかは不明だが。
「えっと、経緯は忘れてたんですが、ここにタダで置いて頂いてますし冬真さんのお手伝いが出来るなら私は」
「駄目だろう?!」
えへへ、と誤魔化すように笑って答えた朱音に、健人は大きな声でテーブルから前のめりになる。
「ここにいることをお前が申し訳なく思う事に、こいつがつけ込んでるだけだろうが!
そもそも経緯を忘れてるって何だ?!
何かしたんじゃないだろうな、お前」
「してません。そこは誓います」
「そこはって他は何をしたんだ?!」
健人としては自分の知らない間にまた冬真が朱音を縛っていたことを知り、苛立ってしまう。
時々冬真の客にお茶を出したりしているのは知っていたが、単にアレクが動けないから朱音が手伝っているくらいの認識だった。
「大丈夫です、朱音さんは僕が大切にしますから」
にっこりと朱音に冬真は微笑み、思わず朱音はその言葉がまるで愛の告白のように聞こえてしまい恥ずかしくて俯く。
そんな意味で言ってはいないとわかっているのに、何度も脳内で再生してしまい、録音したかった、出来れば映像ごと、などと朱音は恥ずかしそうにしながら考えていた。
そんな様子を見て、より健人は苛立っている。
「そこは守る、とかだろう?!嫁にでももらう気か!」
「冗談ですよ。
健人の方こそ、まるで朱音さんの父親みたいじゃないですか」
その言葉に、健人はきょとんとしたが、何かを思いついたようににやりとした。
「おい、朱音」
「あ、はい!」
健人が笑顔で呼びかけて、朱音はお花畑になっていた脳内を消し身を正した。
「俺のことは今から兄と思え」
「え?!」
「冬真はただの大家だ。
俺はお前の兄だから何でも相談に乗る。遠慮するな。
特に大家の横暴はすぐに俺に話せ」
腕を組んで既に決定したとばかりに健人は笑って朱音に話しかけ、横にいる冬真を見て、冬真は目を丸くすると、くすっと笑う。
「随分とシスコンなお兄さんですね」
「横暴な大家から可愛い妹を守らなきゃいけないからな」
あはは、くすくすと健人と冬真が向き合って笑っているが、少なくとも心から楽しそうでは無さそうだ。
魔術師秘書の次には突然兄が出来て、自分は一切何も意思表示をしていないと思うのだが、もしかしてどこかで了承してしまっていたのだろうかと朱音は自分の発言を思い返すがいまいち自信が無い。
だが何故か嬉しい。
冬真が自分の行動を見て必要としてくれたことも、健人が心配して自分から兄となるなんて言ってくれることは、朱音からすれば幸せに感じる。
未だに目の前の二人はわいわい揉めているようだ。
外でも仕事でもスマートに振る舞う冬真もここでは気を張らずに過ごせるのだろうと思うと、自分がこうやってそんな中に入れてもらい、誕生日を祝ってもらっているのは自分にも新しい家族のような居場所が出来たことを朱音は実感して嬉しい気持ちにならないわけが無い。
そんなことを朱音が思っていると、目の前の空になったティーカップにアレクが紅茶を注いでいる。
「あの二人って仲が良いよね」
「そうでしょうか」
アレクは朱音を見ることも無く答えたが、そんなアレクのそっけない態度に朱音はくすっと笑う。
「お礼に今度は私が何か作るね、たいした物は出来ないけれど」
「おっ、朱音の手料理か!俺はいかにもお袋の味ってのが良いな」
「兄に立候補したのに、朱音さんに母を要求するんですか」
「何で突然日本語に慣れてない外国人みたいな斜め上の返しすんだよ!」
アレクに返したはずが、あっという間に健人と冬真が割り込んできて、思わず朱音は笑ってしまう。
楽しくて、温かい。
賑やかで騒がしいダイニングで、朱音は笑って出る涙では無い、何か心の奥底から湧き出た涙を必死に我慢して笑った。