双子ママですが、別れたはずの御曹司に深愛で娶られました
 私は詩穂の高く明るい声と穂貴の重みと温もりを感じると仕事の疲れも吹き飛び、家まで詩穂と童謡を歌って帰った。

 翌日。
 穂貴は平熱に下がっていたけれど、念のため保育園はお休みにした。今日はたまたま母が休みで穂貴を見ていてくれると言うので、私は甘えて出社した。
 一日仕事をして、夕方六時過ぎに詩穂だけを保育園まで迎えに行く。先生に挨拶をして、いつものように詩穂をベビーカーに乗せたあと家の方向へ足を向けた。
 ――瞬間。あまりに驚いて、思わずその場でひっくり返ってしまいそうだった。
 進行方向の数メートル先を見れば、スーツ姿の男性が立っていてこちらを見ている。
 デジャヴだ。昨日もカフェで彼を見かけた。
 きっと私の見間違い。他人の空似に違いない。そう心の中で何度も繰り返して、だけど居てもたっても居られなくて逃げ出した。
 カフェの時よりも距離が近い今、もう他人の空似だとか言い逃れはできないと悟った。
 目の前にいる彼は、紛れもなく『雄(ゆう)吾(ご)さん』だ。
 彼の私を見つめる双眸は記憶と違わず凛々しく、どこか柔らかいもの。ゆっくりとこちらに歩みを進める優雅さも、二年前と変わらない。彼はいつでも穏やかで優しかった。
 しかし、ふとそんな彼の視線が怖く感じてしまって咄嗟に顔を背けた。たぶん自分の中に残る蟠りや罪悪感がそう感じさせているのだ、と頭では理解していた。そうかといって、気持ちを切り替えて彼と真正面から向き合う勇気が持てず、震える手でベビーカーのハンドルを握るのが精いっぱい。
「春奈」
 一歩踏み出そうとした矢先、落ち着いた低い声で名前を呼ばれ、たちまち動けなくなる。下げた視線の先に、見覚えのある藁半紙のプリントが見えて咄嗟に顔を上げた。
「昨日、カフェの前で目が合って逃げただろう? 追いかけた先でこれを拾った」
 どうにか手を動かし、プリントを受け取る。中を見ると、昨夜からずっと探していた保育園の個人面談についてのプリントだった。
 雄吾さんはこれを見て、保育園まで来たんだ。
 私は恐る恐る手元から視線を上げていく。彼の顔を見た瞬間、再び名前を口にされた。
「春奈......僕はあれから君をずっと忘れられなかった」
< 4 / 119 >

この作品をシェア

pagetop