双子ママですが、別れたはずの御曹司に深愛で娶られました
 少し憂いげに長い睫毛を伏せて言われ、胸が締めつけられる。喉の奥になにか言いたい言葉が詰まっているけど、声にならない。なにかひとことでも零してしまえば、ずっと抑え込んでいた感情が暴発してしまう。
 だんまりを続けていると、彼の目線が詩穂に向けられた。
 なにか言いたげな雰囲気なのが伝わってくる。すでに保育園のプリントを見ただろうから、私の子どもだということは理解しているはず。それでもきっと、どう尋ねるべきか考えあぐねているのだろう。
 私も決死の思いで動揺を押し隠し、つとめて冷静に口を動かした。
「私、あの後すぐ、地元の知り合いと結婚したんです」
 気まずい空気が私たちの間を流れていく。
 早くなにか言ってほしいと思う反面、なにも言わないでほしいとも思っている矛盾した感情で、もうどうにかなりそう。
「ママ? しゅっぱーつ、しないの?」
 重い沈黙を破ったのは詩穂だった。
「え? あ、うん。するよ。座っててね」
 止まっていた時間が動き出したように、私は詩穂を覗き込んでどうにか笑顔で答える。そして、地に張りついていた足を踏み出し、小さく頭を下げた。
「......さようなら」
 雄吾さんに背を向け、一刻も早く離れるために歩き続ける。その間、色んな感情が込み上げてきてグッと唇を引き締めた。
 まだ大きな動悸が鳴り止まない。むしろ、どんどんひどくなっている気さえする。
 その理由は懐かしい彼と急な再会を果たしたせいだけではない。息をするように自然と彼を欺いた罪悪感と迷いに動揺しているのだ。
 私はベビーカーに乗る詩穂の姿を見下ろしながら、ハンドルを握る手に力を込める。
 本当は、地元の知り合いと結婚なんかしていない。私は未婚のまま詩穂と穂貴を産んだ。そして、この子たちの父親は......雄吾さん。
 絶対に知られてはならない。私や雄吾さんのためにも、子どもたちのためにも。
 私は無邪気に歌う詩穂を視界の隅に入れ、心に強く誓う。
 角を曲がるまで一度も振り向きはしなかった。だけども、なんだかずっと彼に見続けられている気がして落ち着かなかった。

「ただいま」
 普段よりも遠く感じた帰り道だった。ようやく家に着いて幾分かホッとしているものの、完全に気分が晴れることはない。
 詩穂の靴を脱がせ、立ち上がったときに玄関にやってきた海斗が言った。
「どうした? 顔色が悪いぞ」
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