双子ママですが、別れたはずの御曹司に深愛で娶られました
「あー、俺たち家族の問題なので。他人は口を挟まず放っておいてくれます?」
 彼はまったく動じず、俺の手を払いのけると涼しい顔をしてそう言った。そして、上着の皺を伸ばしつつ、淡々と口にする。
「もうハルに構うのはやめたらどうですか? 楢崎さんはグループ内外で非常に期待されている次期後継者なんでしょうし、正直言って汚点にしかならないでしょ」
 冷笑にも思える薄ら笑いが、ものすごく腹立たしい。そうかといって、さっきみたいに暴力で相手をねじ伏せても意味がない。
 幾分か冷静になった俺は、掴みかかりたい気持ちをグッと堪え、声を絞り出す。
「訂正しろ。彼女も子どもも汚点なんかじゃない。むしろ、彼女の汚点は君だ」
 春奈がいて、なぜあんな行動を取れるんだ。
 春奈は知っているのか? いや、この男ならうまく隠していそうな気もする。現場を目撃してしまったからには、俺が春奈の味方にならなければ。
 彼と対峙していたら、場にそぐわないため息をこぼした。どこまで人をバカにするのかと理性が切れかけた時、彼は打って変わって真剣な目を向けてきた。
「俺には理解できないな」
「なに?」
「それだけの気持ちがあって、なぜ二年前ハルを追いかけなかった」
 突如、鋭い指摘を投げかけられて、さっきまでの威勢が萎む。
「それ......は」
 一歩後ずさり、過去がフラッシュバックした。
 ――『別れたい』
 頭の奥で、当時の春奈の声がこだまする。
 あの時、僕が『どうして』と一度問いかけたら、ものすごく冷え切った瞳を向けられて『やっぱり荷が重いと思ったの。ごめんなさい』と返された。
 僕との結婚に対して荷が重いとはっきり告げられて、為す術をなくしてしまった。
 彼女を追いかけるために家を捨てる決断もできず......。なんなら、仮にそうして彼女を説得したところで、家族と縁を切るのと同等の行動を咎められそうだと思ってしまった。
 どうにか繋ぎ止めたところで、結婚にせよ恋人関係の持続にせよ、春奈に我慢を強いることになるのは本望ではない。
 そんな建前と、離れがたい本音がせめぎ合い、結局一歩も動けずに時間ばかり過ぎていった。
 僕が追いかけるのはエゴだと思ったから。追いかけないことが唯一彼女にしてあげられることだと、あの時は本気でそう考えた。
 過去に引きずられていると、古関海斗が冷ややかに言い捨てる。
< 86 / 119 >

この作品をシェア

pagetop