あたしを歌ってよ
第一章 世界の始まり
第一話 こんな秋の夜
秋とは名ばかりの、九月の夜。
あたし、澤原 鞠奈は額に汗を感じながら、彼を見つめていた。
耳に響く重低音。
熱量のこもったギターの音色。
スポットライトの真ん中で。
彼は、歌っている。
「ね!?カッコよくない!?曲もいいっしょ!」
ライブハウスに誘ってくれた大学の友達、坂下 南が、私だけに聞こえるように、だけど大声で言った。
「あの人、誰?」
あたしは彼を見つめたまま、南に尋ねる。
「ボーカルの子?……『ベイビー・サンデー』の藤平 悠馬くん。確か、D大の2回生って話だよ」
「えっ、じゃあ、あたし達と同じ学年じゃん」
「カッコいいよねぇ。どこ探してもいないわ、あのレベルは。もはやズルイ領域!」
南はそう言って、うっとり眺めている。
あたしも、
「うん」
と、うなずいた。
悠馬くんの切なく悲しい、だけど力強い歌声が。
あたしを別世界に連れて行ってくれるみたいに感じる。