あたしを歌ってよ

その時。

玄関ドアの向こう。

男女の声がする。



ボソボソとしか聞こえなくて、何を言っているのか聞き取れない。



あたしは玄関ドアに近づいた。

何故か心臓がバクバクしている。



「もー、鍵ってどれですか?ほら、ちゃんと立ってくださいよ、悠馬さん!」



(えっ)



聞こえてきたのは、鈴が鳴るような、高い女の子の声。



「もー、ほんっと、飲み過ぎ!悠馬さん、鍵、どれー?」



……違う。

違うよね?

「悠馬さん」って聞こえたけれど、悠馬くんのことじゃないよね?

人違いだよね?

ううん、そもそも名前を聞き違えたかも。



自分を必死に励まそうと、あたしは心の中で(大丈夫)と繰り返す。



でも。

そんなの、何の役にも立たなくて。



「あはははっ」
と、悠馬くんの笑い声が聞こえてきた。

間違えようのない、悠馬くんの笑い声。

あたしの好きな、機嫌の良い笑い声。



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