秘め事は社長室で

脊髄反射で戸惑った声を出してしまった私に、社長の目も丸くなる。
慌てて笑みを取り繕うも、口の端が引き攣るのは抑えられなかった。


「あ、案内、ですか」
「ずっと海外にばかり居たから、本社のことはほとんど何も知らなくてね。……忙しいかな?」
「い、いえ! 分かりました。しっかりご案内します!」


苦手だから出来れば一人で勝手に歩き回っててほしいです、とはいえないので頷いて胸を叩く。


「手数をかけるね。よろしく」
「……はい!」


安心したように微笑んだ社長の顔が眩しくて、それが逆に、ちょっぴり辛かった。

社長の姿が見えなくなったところで、強張った笑顔を解いて、小さくため息を付きながら社長室へと足を踏み入れる。


「失礼します……」


一応声を掛けてはみたものの、涼やかな眼差しは手元の書類に注がれていて、ちらりともこちらを見ない。

集中してるんだなあ、と様子を窺いながら静かに近づくと、やっぱり彼のカップには薄緑の液体がなみなみと注がれたままだった。


(ま、期待してなかったけど)


ひと口も飲んでないんだろうな、と思いながらお盆に空になった社長のカップを乗せ、次いですっかり冷めてしまっているそれを片そうと手を伸ばすと、寸前で目の前からカップが消えてしまう。

そんなことをするのは、この部屋に一人しかいない。
唖然としながら顔を上げると、一気に呷るようにカップを傾けた男の喉仏が、ゴクン、と大きく動いたところだった。


「な……」


驚く私には何も言わず、あっという間に空っぽになったカップを置く。

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