秘め事は社長室で
今日もそうなんだろうな、と内心思いながらも尋ねると、返ってきたのは「帰る」という意外な答えだった。
「あ、そ、そうなんですね……? お疲れさまでした」
帰る前に声かけに来てくれたのか、意外だな……。
確かによく見ると、ソファーの上に彼の鞄が置かれていた。艶のある黒いレザーのブリーフケースだ。
でも、帰る時間が被るのは気まずいな。副社長ってどうやって帰るんだろう、社長と同じく送迎の車があるのかな……。
とりあえず、ゆっくり準備して時間をずらして帰ろうかな。そう、のんびり帰り支度を始めたものの、なぜか副社長はずっとそこに居て。なんなら、ほとんど仁王立ちでこちらの様子をじっと見てくるので居た堪れない。
「あの、私準備が遅いと思うので、先に帰っていただいて大丈夫ですよ」
「送る」
「えっ」
シャラ、と音を立てたのは副社長の手に握られたキーケースだ。
「いやあの」
「……」
「…………はい」
そこまでしてもらう義理は! と断りたかったものの、鋭い視線で抵抗の言葉を封じられてしまう。
私はそれ以上何も言えず、頑なな彼の瞳を見続けることも出来ず、小さくうなずき、とぼとぼと、でも出来るだけ彼を待たせてしまわないように、残りの支度を進めたのだった。
車に疎い私でも一目で高級車と分かるような艶のある車体に、エンブレム。静かに閉まるドアの微かな音が最後通牒のようで、今までにない圧倒的な密閉空間に、胃の奥がきりりと痛んだ。
副社長のことは、正直苦手だ。
初めて会った時からいけ好かない男だとは思っていたけど、それだけではなく……。
──『もっと臨機応変に動いたり、自分の考えで動いたり出来ないのかよ。学校じゃねえんだぞ』
油断すると、すぐにリフレインされる言葉。
あれから、真っ直ぐに彼の目を見れなくなってしまった。なるべく二人きりにはならないように、彼を刺激しないように、息を潜めて影に徹しながら日々を過ごしている。
「悪かったな」