秘め事は社長室で
重たいため息を飲み込んだ時、不意に運転席から声を掛けられて肩が跳ねた。
なめらかに夜の街へと滑りだしてしばらく。私は窓の外に向けていた視線を、恐る恐る副社長へと向けた。
「え……」
「こいつと二人きりなんて最悪、って顔に書いてある」
「そ……んなこと、無いです」
全く思ってないとまでは言えないけど、最悪、というよりは、どうしたらいいのかわからないだけで。
まだ、胸を張って副社長の隣に並べるような自分には、なれていないから。
あの日の言葉は、今も小さな棘を残したまま心から抜けないでいる。
何も言い返せなかった。
その通りだ、と、納得してしまったから。
「私が近くに居たら……」
最悪なのは、イライラするのは、そっちじゃないの?
勿論、自分なりに真面目に仕事をしているつもりではあったし、向上心が無かったわけでも無い。
それでも、社長に憧れという名の甘えを抱いていたのは事実で。完璧なこの人の言うことを聞いていれば何も間違いは無いと、安心して、寄りかかってしまっていた。
くん、とわずかに身体が前に揺れて、車が赤信号で止まる。
艶やかな双眸は前を向いたまま、薄い唇が僅かに開いた。
「この前のことも、悪かった。……言い過ぎた」
「は、」
それがあの日の言葉に対する謝罪だというのはすぐに分かった。
でも、私は……。
「謝らないでください。本当のことなので。私こそ、すみませんでした」
色眼鏡を捨て去って見てみれば、副社長は本当に優秀だった。
秘書なんて必要ないって言い切ったことにも頷けるくらい。社長から聞いた話によれば私と同い年だっていうのに、何もかもが私なんて足元にも及ばないほど優れていた。
頭の回転も、人への気配りも、何もかも。
そうして自分と比べて、慢心に気付かされて、顔から火が出るかと思うほど恥ずかしくなった。