秘め事は社長室で



「うーん、今日もいい天気」


ブラインドを上げて換気のために少しだけ窓を開くと、春の穏やかな風が室内に吹き込んだ。

遠くに見える桜並木に目を細めながら、使い捨てのカウンタークロスを手に取って、机や棚の埃を手早く拭き取っていく。

薄く埃を纏ったクロスをダストボックスへ放り捨てたらお次はカーペットの掃除だ。静音が売りの軽量型掃除機で隅から隅まで歩き、最後に花瓶の水替えに向かう。

僅かに皺の滲んだ花びらに、そろそろ花屋に行かないとな、と脳内のチェックリストに項目追加しながら、室内に隣接している給湯室で水を入れ替える。象牙色の陶器を元の位置に戻したところで、社長室の扉が開く音が聞こえてきた。

まだ瑞々しい花弁が正面に来るように指先で整えてから、私は笑顔で入口に立つ男性を振り向く。


「社長、おはようございます!」


ここまでが私、天音桃(あまねもも)のモーニングルーティンである。
 




株式会社repos(ルポ)。
買付や販売のみでなく、一部は自社で内製も行っているインテリアメーカーだ。

世界中に拠点を持ち、東京のど真ん中に本社を構えるこの会社の、社長秘書が私の仕事だった。


主な仕事内容は、スケジュールの確認・調整に社長宛のお客様対応、その他諸々。

近すぎず遠すぎず。程よい距離感を保ちながら社長のサポートをするのが私の使命だ。

その日も、お茶を淹れ、社長愛読の経済新聞をお渡しし、一日のスケジュールをざっと確認した後で、社長室を後にしようとした。


「ああ、天音くん。もう少しだけいいかな」


しかし、優しい声に呼び止められてドキッとする。


「は、はい」


何か忘れてたかな……と不安になりながら、扉へと向きかけていた身体を戻すと、社長は目じりに皺を作りながら微笑んでいた。


「そんなに構えなくても大丈夫。話しておきたいことがあってね。そうだ、いいものがあるんだった」
「えっ、社長……!?」


ぽん、と片手を受け皿にするように拳で手を叩いた社長が、戸惑う私を置いて部屋を出て行ってしまう。


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