秘め事は社長室で



梅雨が明けると、途端に夏が襲ってくる。
もうジャケットを着るには厳しい暑さで、自動ドアを潜ったところで、私はホッと息を吐いた。


「涼しい〜……天国」


本日、株主総会当日。
副社長が、社長へと就任する日だ。


「おい、あんまり気の抜けた面を晒すなよ」


豪華なシャンデリアに、ふかふかの紅い絨毯。
空調の効いたホテル内にすっかり気が緩んでいると、頭上から声が降ってきた。隣を見上げると、こんな日でも緊張ひとつ見せない涼やかな瞳がどこか呆れたような色を纏っている。


「分かってますよ」


なんでこの人は汗ひとつ浮かべてないんだろう。
いつもよりかっちりとセットされた髪のひと房も崩れていなくて、そんなところまで完璧なのかと憎たらしくなる。


「副社長、こちらへ」
「ああ」


と、総会の事務局が私たちの元へ駆け寄り、副社長に声を掛けた。彼はここから、会が始まるまで役員専用の待合室で待機だ。

滅多にお目にかかれない副社長の姿に、他部署の女性陣が色めきたつ様子に苦笑いしながら彼の背を見送り、私は会場設営班に合流するべく、歩き出した。



総会も、総会後の懇親会も恙無く終わった。
社長は退任し、相談役になる。そして副社長が社長へ。
それについて幾つか株主から質問は飛んだものの、副社長は全てに対し毅然に答え、老若男女問わず、株主からの株は爆上がりしたみたいだ。

やっぱりどうしても、周りの役員に比べて一回りも二回りも若いから、色んな意味で目立つ。
それでも、有無を言わせないオーラを放ち、怖気付くことなく壇上に立つその姿に、遠い世界の人だと、ぼんやり思った。

それにしても……。

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