秘め事は社長室で
ややあって戻ってきた社長は、お客様からいただいたという和菓子を手にしていた。
慌てて手伝おうとしたものの制されてしまい、ふかふかの椅子に座らされる。
「はい。熱いから気を付けて」
そんな言葉と共に目の前に置かれた茶器からは、茶葉の香りが湯気に乗って漂い、そわそわと落ち着きのない私の心を幾らか宥めてくれた。
「あっ、ありがとうございます。いただきます」
朝からお茶と和菓子を嗜むなんて、なんて贅沢なんだろう。
渋みのある緑茶で唇を濡らしながら、ホッと息をつく。
お茶の相手が社長というのは緊張もするけれど、心から尊敬している相手だから、居心地の悪さは感じない。
でも、こんな風に呼び止められて、朝からお茶をするなんて初めてのことで、ちょっぴりドキドキしてしまう。
まさかこの和菓子を食べさせてくれようとしただけ……なんてこと、無いだろうし。
「あの、社長」
「うん?」
「その、お話というのは……?」
恐る恐る尋ねると、ああうん、と返事をしながら、社長が顎を摩る。社長にしては珍しく、歯切れの悪い返事だった。
「天音くん」
「はい」
「入社して、すぐに社長秘書なんて……すごく大変だっただろうに、これまで頑張ってくれてありがとうね」
「いえ、そんな……」
応えながら、自然と視線が俯く。
指先から血の気が引いて、ドクドクと嫌な動悸ばかりが鳴り響いた。
だって、あまりにも突然すぎる。
今までこんな、改まってお礼を言われたことなんてない。それに、“これまで”というセリフ。
「……天音くん」
「はい……」
ぎゅ、と覚悟を決めるように目を瞑る。
そして──。
「実は、そろそろ引退しようと思っていてね」
「……えっ!?」
降り落ちてきた言葉は想像とは異なり、だけどあまりにも予想外すぎて、思わず大きな声を出してしまった。