秘め事は社長室で
どうにか自分で自衛出来ればと、逃げやすい服装を心がけたり、あえて不規則な通勤・退勤時間を試みてはいるものの、いたずらに精神を摩耗するだけだった。おかげでここ最近は、生活リズムを崩された影響もあり体調が悪い。
(どうせ時間ずらしても意味ないなら、戻そうかなあ。でもどっちにしろ、眠れないしなあ)
きっと、自宅の場所はもうバレてる。
なぜなら、最寄り駅から自宅までの道で、強く視線を感じることが多いから。
さすがにドアや窓をドンドン叩かれたり、家の前で待ち伏せされてたりなんてホラー展開はまだ体験してないけど、家にいる間もまだ視線に追われているような気がして、睡眠の質は最悪だった。
「……もうお昼か」
寝不足が原因で、絶えず漏れ出る欠伸を噛み殺しながら時計を見ると、十二時を回っている。
今日は天気もいいし、コンビニでサンドイッチでも買って、公園で食べようかな。いい気分転換にもなりそうだし。
そう思い、外に出たのだけど──。
(やばい、居るな)
ビルから出て一歩踏み出したところで、ゾッと肌が粟立つ。
あの、気味の悪い視線だった。
「……」
足が鉛のように重たくて、動かない。
こんな会社のすぐ側で視線を感じるなんて初めてのことで、正直、鈍器で殴られたような衝撃だった。
会社だけは、安全地帯だと思ってたのに。
無意識にそれを心の拠り所にしていた自分がいて、いとも容易く侵されたテリトリーに、眩暈がする。
悩んで、でも、もう前に踏み出す元気は無くなってしまって、秘書室へと後戻りした。
「…………はあ」
さすがに建物の中に入ってまで追いかけてくる視線では無いことだけが救いだ。秘書室は上の階層にあるから、窓から覗かれることも無いし……って、だからどうして、こんな事で悩まなきゃいけないんだか。