秘め事は社長室で


怒りを覚えながらも、炎を灯すほどの気力は無い。
とにかく泥のような疲労感が全ての感情を上回ってしまい、気づくと私は意識を落とすように眠っていた。


「……い……おい…」


真っ暗だった視界が、僅かに揺れる。


(……?)


誰かに呼ばれてる? そう思うものの、心地よい微睡みからどうしても抜け出せない。
そうしている間にも、低く落ち着いた声が鼓膜を揺らし、温かい何かが、私の肩に触れるのが分かった。


「おい、天音」


だんだんとはっきりしてきた意識に刺さる声。同時に軽く肩を揺すられて、急速に意識が引き上げられた。


「!!」


バッ、と起き上がると、私の勢いに僅かに目を丸くした社長と目が合う。


「仕事! すみません!!」


てっきり寝過ごしてしまったのだと思い、寝起きで混乱する頭のまま謝れば、社長は首を振った。


「いや、まだあと五分ある。書類を置きに来たんだが、悪いな、勝手に入って」


返事が無かったから居ないのかと思って。そう言いながら社長は私のデスクに書類を置き、何故か私をじっと見つめた。


「最近、様子がおかしいな」


確信めいた声で尋ねられ、思わず肩が跳ねてしまう。
何と答えるべきか悩んでいる間に、細くしなやかな指先が伸びてきて、私の頬に触れる。びっくりしていると、社長は長いまつ毛を僅かに伏せた。


「困り事があるなら隠すなよ」


触れた指先が、目の下あたりを擽るように撫でる。
化粧で隠しきれない隈を咎めるような、労るような、そんな触れ方だった。

きっと心配してくれているんだろう。
一瞬、話してしまおうか、と思った。でも。

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