秘め事は社長室で
「い、異動では……なく?」
動揺し過ぎて、戸惑ったまま言葉が零れてしまう。
異動? と首を傾げる社長に、ああ、今の言い方は誤解を招く、と反省しながら、首を振った。
「いえ、あの、……てっきり、社長秘書の任を解かれるのかと」
白状すると、澄んだ瞳が驚いたように丸まった。
でも、だってさっきのはそういう流れでしたよ社長!
いきなりこれまでのお礼なんて言い始めるし、歯切れも悪そうにしているし。
「まさか。天音くんは優秀だから、君が嫌にならない限りはぜひこのままで居てほしいところだよ」
「……恐縮です。でも、」
やっと冷静になった頭で、社長の言葉を思い出し、咀嚼して、そしてまた血の気が引き始める。
むしろ、ただの私への辞令だったならどんなに良かっただろう。
「いん、たい……」
引退。それは、社長が社長で無くなるということ。
いつかはそんな日が来ると、分かっていた。だけどそれはとても現実味のないことで、こんなにもいきなり突き立てられるものだとは思っていなかった。
それきり何も言えなくなってしまった私に、社長は眉を下げて微笑む。
「私ももう歳だからね。勿論、正式な決定はまだだが、君には先に伝えておきたくて引き止めてしまった。すまないね」
「いえ、そんな……」
力なく首を振る。分かりました、とは言えなかった。
聞き分けの良い、秘書のフリなんて、とても。
reposでは、役員一人ひとりに専属の秘書がつく。
私はずっと社長の専属秘書で、社長は……私にとっての社長は、仙崎義人(せんざきよしひと)社長、ただ一人だった。
もの柔らかで思慮深く、聡い御人。群を抜いた聡明さが、憧れだった。
到底追いつけないと知りながらも、いつかこの人のようになれたなら。そう思ったからこそ、大変なこともあったけれど、ここまで頑張れた。