秘め事は社長室で


……のに。


「現実を受け入れられない……」


手からぽろりと封筒が落ちる。机の上は、郵便物の海で満たされていた。


専属秘書には秘書ごとに専用の部屋が与えられ、ここには一人きり。独り言が言い放題なのをいいことに、項垂れたり、ため息をついたりを繰り返している。
いつもならとっくに終わっている郵便物の仕分けも、全く進んでいなかった。


社長から衝撃の引退宣言をされて約一週間。
私は未だに、ショックから立ち直れていない。


はあ、と最後に特大のため息を吐き出しつつ、散らばった封筒をかき集めていると、コンコン、とノックが鳴った。


「天音くん、今いいかい?」


次いで聞こえてきた声に、ピンと背筋が伸びる。


「は、はい!」


急いで机の上を片づけていると、ゆっくりと扉が開く。現れたのは聞こえてきていた通り、社長の姿と──。


(誰……?)


その後ろに、見慣れない人影があった。

見上げるほど高い背に、すらりとした体躯。
艶のある黒髪は痛みを知らず、切り込んだような二重を持つ切れ長の瞳は、長い睫毛に縁どられている。


一言でいえば、とびきりのイケメンだった。アイドルが紛れ込んだのかと思ってしまうほど。

だけど、その涼やかな眼差しに一切の愛嬌はない。


「すまないね、急に」
「いえ、おかえりなさい」


社長は朝から外出していたはずだ。
動揺を押し殺しながら、来客用のソファーに二人を案内する。


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