秘め事は社長室で


そのままお茶の用意に向かおうとしたところで、社長に止められた。


「天音くん、大丈夫。紹介しておきたかっただけだから、すぐに済むよ。ほら、君も座りなさい」


そう手で示されると、従わないわけにもいかない。
並々ならぬオーラを纏った二人に萎縮しながら、私はそろそろと腰を沈めた。


イケメンは、無表情でこちらを観察するように見つめている。一体何を考えているのか分からないし、居た堪れず、そっと社長に視線を移すと優しい微笑みが向けられた。


「さて、もう気付いているかもしれないが……。天音くん。こいつが次男の利人(りひと)だ」


え、と落ちそうになった間抜けな声を寸でのところで飲み込む。

全く気付いていなかった。まさか、社長の息子だなんて。
でも確かに、目元は少しだけ似ているかもしれない。


社長には二人の息子さんが居て、そのうち、次男がreposで働いていることは知っていた。
けれど主に海外の各支社を転々としていて、私は会ったことが無い。だから目の前の彼が息子さんだなんて、ちっとも気付いていなかった。


それにしても、社長とは雰囲気が真逆だ。
親しみやすい空気の社長とは対に、彼は近寄りがたい雰囲気を絶えず発している。


「4月から副社長に就任させて、引継ぎをするからね。天音くんにも色々とサポートをお願いすると思う。まだまだ未熟な倅だけど、どうか支えてやって欲しい」

「ふく……」


副社長。
つまり、恐らく彼が、次の社長。そういえば、引退について打ち明けられたときに次の社長についても触れていた気がする。私はそれどころじゃなくて、今の今まで忘れていたけど。


駄目だ、最近ぼーっとし過ぎだな。4月からなら、とっくに発令も全社掲示されているはずだ。
ちゃんと、後で色々確認しないと。そう自戒しながら頷く。


「承知いたしました……」


それなら改めて挨拶を、と顔を上げた。
しかし、やっぱり私をじっと見る黒曜石の瞳に温度は無く、表情はぴくりとも動かない。

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