秘め事は社長室で
「父さん……彼女は?」
何と言うべきか。迷っている内に視線は逸らされ、社長に向けられた。
社長は、その質問に柔らかく頷く。
「秘書の天音くんだ。お前が社長になった後も、引き続き秘書をしてもらうつもりだから、迷惑かけないようにな。社内の細かなところは、彼女から聞くといい」
社長の言葉に、また、愛想のない瞳が戻される。
ハッとして、せめて何か一言くらいは言おうと、口を開いた。しかし。
「……ああ、“父さんの”秘書でしたか。これまでどうも、お疲れさまでした」
張り付いたような笑みを乗せた薄い唇から紡がれたのは、明らかな嘲り。
敵意はない。しかし、好意も寄り添いの心もなく、こちらを見下すような、道端の石ころを見るような目に、頭が真っ白になった。
次いで、ぐつぐつと身体中に湧き上がってきたのは、怒りにも似た激情。
こんな、初対面で人を食ったような顔をしてくる男に大人しく屈するほど、残念ながら私はか弱くない。
「ええ。“これからも”どうぞ、よろしくお願いいたします」
キッと睨み上げながら言い返せば、一瞬、黒曜石の双眸が瞠られる。
しかし、すぐにまた冷えきった瞳に戻り、だけど僅かに滲んだ不愉快そうな色に、ほんの少しだけ胸がスカッとしたのだった。
二人は本当に挨拶のためだけに立ち寄ったようで、その後すぐに秘書室を出ていき、その日は戻ってこなかった。
そして翌日、燦燦と朝陽が降り注ぐ社長室で、私は冷静になった頭を抱える。
「やってしまった……」
完全にやらかした。いくら腹の立つ男だったとはいえ、社長のご子息、それも次期社長に喧嘩を売ってしまうなんて。
せめて睨んだりせず、何も気付かなかったフリでやり過ごせばよかった。
負けん気ばかり強くて、大事なところで取り繕えない自分の性格が憎い。