秘め事は社長室で
「お言葉ですけど」
声に思い切り棘が入る。だけど知ったことか。私はそのまま真っ黒な目を睨み上げた。
「このお役目は、義人社長が与えてくださったものです。社長本人から撤回されるならまだしも、貴方に言われたからといってはいそうですかとは頷けません」
「次の社長は、俺だ」
なにそれ。
「脅しですか?」
信じられない気持ちで問うも、冷たい瞳は何も言わない。
「……会社の決定として秘書を外されるのなら、それは私にはどうすることも出来ません。でも、軽蔑します」
「……軽蔑?」
「職権濫用で、義人社長を裏切るような真似をする人が息子だなんて……次の社長だなんて、私は絶対認めない」
実際、私ひとりが外されたところで、組織にはなんの影響も無いだろう。
だけど、義人社長がこれまで大切に育ててきたものを土足で踏みにじるような、そんな行為を許せるわけが無かった。
不遜な態度の私に、冷酷な瞳を憎悪にも似た光が突っ切る。
その鋭い光に思わず怯むと同時、犬歯が顔を覗かせるほど、上品だった唇がなりふり構わず開かれた。
ぐわり。
猛禽類のような、月夜を背負う狼のような。鋭利な視線と牙が、私の喉笛を嚙み千切らんと襲い掛かる。
喰われる。
本能的に恐れを抱き、だけど逃げることも、目を逸らすことすらできず、固まっていた時。
「おや、二人とも早いね」
張り詰めた空気を霧散させたのは、場違いなほどおだやかな声だった。
勿論、この社長室にノックもなしに入ってくるのは、目の前の男を除けば義人社長くらいしかいない。
天音くんはいつも早いか、と笑いながら鞄を下ろし、ジャケットを脱ごうとした社長は、棒立ちのままの私たちを見て、首を傾げた。