密かに出産するはずが、迎えにきた御曹司に情熱愛で囲い落とされました
3 ふたりの繋がり 透真Side
春香がマンションを出て行って数時間、ダイニングテーブルの上に置かれた離婚届を、俺は焦点が合わない目でぼんやりと見つめている。
窓から西日が差し込み、部屋の中がセピア色に染まっていた。

昨夜の情熱的な情事の後で、こんなにあっさり別れるとは思わず、俺はただただ戸惑っている。 

数時間前、ひとりで帰りたいと頑なに言い張る春香にせめてタクシーを手配した。
大きなキャリーケースを手に玄関のドアを開けた春香は、くるりと軽快に振り向いて、俺に穏やかな笑顔を向けた。

「さようなら、透真さん。お元気で」

手を伸ばし、胸の中に閉じ込めたかったけれど、彼女の心は落ち着き、もう自分は必要ないと言われたように感じた。

それに、三ヶ月という期間限定での契約結婚を提案したのは他でもない、俺自身。
引き留めたくて焦っていたとはいえ、我ながら荒唐無稽な提案だった。

そもそも春香に初めて会ったのは、彼女がS・K法律事務所を訪ねてきた日ではなかった。
あれは大学生の頃。俺は石橋仕出し店の常連客だった。

実家は曽祖父の代から続く不動産会社。
貸家業から始まり、戦後土地や建物を買収し、所有していた膨大な土地の整理やビル建設をおこなって、今は貸ビル業や商業施設の運営、大規模都市開発に力を入れている。

実家では、毎日専属のシェフが食事を用意してくれた。何不自由なく育ったと感じているが、実は君塚不動産は大規模都市開発事業で辛酸を嘗めた経験がある。

祖父から代替わりをした父は、主要駅周辺にマンション、ホテル、商業施設を建設し、大都市に新たな拠点となる街を形成するプロジェクトを手がけていた。
そのプロジェクトの進行のために、駅北口にあった商店街が立ち退きを余儀なくされた。それが今の青空商店街である。
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