密かに出産するはずが、迎えにきた御曹司に情熱愛で囲い落とされました
立ち退き要求がなかなか通らず苦戦していた父に手を差し伸べたのが、治司さんと千代さんだったそうだ。
ふたりはよりよいまちづくりのため、多世代に渡り安心して暮らせる公園や保育園、病院などの施設も充実させるという部分に賛同し、商店街の店主たちの説得にあたってくれた。

ふたりの力がなければこのプロジェクトは達成されなかったと話す父は、石橋仕出し店からよく弁当を買って来るようになる。
そんな繋がりもあり、俺は大学に進学しひとり暮らしを始めてから、石橋仕出し店に頻繁に通った。

俺にとっては家庭料理の味は物珍しく、どれも美味しく感じ、特に唐揚げ弁当が好物だった。
優しいふたりはいつも笑顔で俺を迎え、サービスしてくれたっけ。

当時高校生の春香は、よく店の前を掃除していた。
常連客と仲睦まじげに話す姿は正に看板娘という表現がぴったりで、彼女は俺がこれまで出会った女性にはいない、朗らかで純朴そうな少女だった。

どの客にも分け隔てなく接し、たとえお目当ての弁当が売り切れだと客から責められても、落ち着いた真摯的な対応でうまくおさめている。
そういう部分にすごく好感が持てた。

いつからか俺の目的は弁当を買うことよりも、店先に春香がいるか、彼女の笑顔が見られるかどうかにベクトルが向くようになる。
まあ、客からそんなふうに見られていたなんて、春香は気づいていないだろうけれど。

春香がS・K法律事務所に訪ねてきたときは、石橋仕出し店の孫娘の成長した姿が感慨深かったが、彼女はやつれ、憔悴していた。

『私、祖母の唐揚げはもう食べられないんだって君塚先生が言ったとき、意地悪しました。ごめんなさい』

それでも高校生の頃の、素直で純粋な態度は変わりなく、俺は再会できたことが心底うれしかった。
正直でかわいらしい彼女の態度に心を持っていかれ、そのうえ気丈に振る舞っているのに弱い一面を見せられたため庇護欲をかき立てられた。
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