密かに出産するはずが、迎えにきた御曹司に情熱愛で囲い落とされました
「体調が悪いのか?」
「ちょっとその、めまいがしただけで」

強がってはみたものの、だめだ、気持ち悪い……。
両目をキツく閉じ、腰を屈めて口もとを手のひらで押さえる。
すぐに透真さんが私の肩と背中を支えてくれた。

「す、すみませ、」
「喋らなくていいから。鍵は?」

バッグの中から私が取り出した鍵で、今はなき石橋仕出し店の引き戸を開けた透真さんは、私を素早くトイレに連れて行ってくれた。

今度からは空腹にならないように、こまめに食べるようにしよう。

トイレで嗚咽をもらしながら、母になることの大変さをひとつ知った私。
手のついでに顔も洗うと、洗面所の鏡には顔面蒼白な自分が映っていた。

厨房の奥にある生活スペースに入ると、居間で待ってくれていた透真さんは、私の顔を見て深刻そうな顔を見せる。

「春香、きみの体調不良はもしかして……」

私はうなだれながら、ひょっとしたら透真さんには心あたりがあるのかもしれないな、と思った。

ひとりでひっそりと産んだ方がいいのではないかと考えたりもしたけれど、やっぱり隠し通すのは無理がある。
今後も離婚届や、まだ進んでいない相続登記の手続きの件で連絡を取るだろう。それにこうして商店街でばったり出くわしでもしたら、大きくなるお腹を見れば一目瞭然だ。

私は深呼吸をして、透真さんを真っ直ぐに見る。

「今日病院に行ったら、妊娠五週目でした」

どんな反応をされるのか気が気じゃない。透真さんの表情の変化を見るのが怖かった。

けれどもこれからは、不安だからといって逃げるなんて許されないのだ。なにがあっても、透真さんの対応が冷たくても、母になるのだから強くならなきゃ。

唇をキュッと結んだ直後。

「ひとりにさせて悪かった」

長い腕がスッとこちらに伸びてきたと思ったら、瞬く間に透真さんの腕の中。首尾よく抱きしめられたのだ。
< 49 / 80 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop