密かに出産するはずが、迎えにきた御曹司に情熱愛で囲い落とされました
空のコーヒーカップを自ら洗い、透真さんは上質そうな艶のある生地のジャケットを羽織った。

「そのカフェならうちのビルのテナントでもあるから社長に顔が利く。俺から話そう」

平然と話す透真さんに対し、私は目を点にする。

話すって、なにを……⁉

「いや、あの、大丈夫ですから……」

飄々としているけれど、なんだかおおごとになりそうな予感しかしない。
私は苦笑を浮かべ、やんわりとお断りする。

「終わるのは何時?」
「ええと、今日は午後六時です」

飲み終えたカフェオレのカップを持ち立ち上がる。
すると、こちらに歩み寄った透真さんは、真横から自分の胸もとに私の体を引き寄せた。

「きみが心配なんだ」

ぽかんとする私の頭を優しくなでると、チュッとリップ音を立てて額にキスをする。

「過保護だよな。でも、頼むから無理だけはしないでくれ」

じゃあ、と短く付け足し、透真さんはリビングを出て玄関に向かう。
仕事に行く姿を見送って、リビングにとぼとぼと戻ってきた私は呆然としていた。

「う、うれしすぎる……」

もう相手はいないので、そんな独り言は宙に消えた。

昨日から透真さんに大切にされていると実感しては、その余韻に胸がきゅんと締めつけられる。
こんなに幸せでいいのか不安になるくらいだった。

透真さんへの思いは、もう私の一方通行じゃない。
透真さんはいつから私を好きになってくれたのだろう?いつか聞けたらいいな……。

やっぱり常に軽い吐き気があって気持ち悪いけれど、私は幸せな気持ちを抱いて職場に行き、接客に集中した。

食べ物の匂いに敏感になった気がするけれど、コーヒーの香ばしさは心が安らぎ、気持ちが落ち着く。
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