密かに出産するはずが、迎えにきた御曹司に情熱愛で囲い落とされました
勤務がもう少しで終わる時間。店内は相変わらず混み合っていた。
レジを任された私は、カウンターに近づいてきたお客様に笑顔を向ける。

「いらっしゃいませ、ご注文は――」

けれども、目の前に立つ人物を間近で見て、顔が引きつった。
スローモーションで目を見開いた相手は、私に気づいて凝視する。

「石橋?」
「も、百瀬店長……」

以前勤めていたセレクトショップの百瀬店長だ。
関係を誤解されたまま退職して以来の再会だった。

「ここで働いてたんだ。今まで何度か来てたけど気づかなかったよ」

百瀬店長は目を細め、人懐こい柔和な笑顔で肩をすくめた。

男女の洋服や小物を扱うセレクトショップの顧客は二十代から五十代で、きれいめカジュアルを中心に都会的な洗練されたデザインのものを多く取り扱っていた。
入店から接客につくスタイルで、フェアやセール時には集客にも力を入れている。

百瀬店長は人あたりのよさが人気で、顧客がたくさんついていたっけ。
年齢は私よりひと回り年上だけど、お兄さんのような親しみやすさがあった。

「私、最近ここで働き始めたんです」
「そっか。ええと、ブレンドコーヒーひとつ」
「はい」

背後に人の列ができたので、百瀬店長はスピーディーに注文した。そして会計を終えたとき。

「あのさ、少し話せる? 仕事終わってから時間取れないかな」
「え、ええと……」

今更なにを話すのだろうか。

辞めた直後は納得がいかない思いもあったけれど、今はもう忘れて穏やかに暮らしたい気持ちの方が上回っている。

「すみませんけど、私」
「ずっと石橋に謝りたいと思ってたんだ。頼む!」

大声を張り上げた百瀬店長が、ガバッと大振りで頭を下げる。店内にいたお客様たちから注目を浴びてしまった。
スタッフたちも何事かとざわめき、私に駆け寄って来た。

「わ、わかりましたから顔を上げてください……」

小声で頼むと、百瀬店長はようやく謝罪を止める。
不本意だけれど、目の前でずっと頭を下げ続けられるのは耐えがたい。
透真さんには、少し帰りが遅くなる、とメールをした。
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