密かに出産するはずが、迎えにきた御曹司に情熱愛で囲い落とされました
その騒動があったときは、祖母が亡くなって一ヶ月半ほど。
私は様々な手続きに追われると同時に、ひとりぼっちになった現実に憔悴していたので、奥さんの誤解を解消するべく立ち向かう気力がなかった。

百瀬店長の話を聞き、奥さんに強く出られない事情はよくわかった。
私が誤解を招く行動を取ったことを謝罪したとしても、奥さんがまだ不倫を疑っているならば火に油を注ぐ形になりかねない。
だったらもう、お互い関わらずに生きていくのが最善な気がする。

「もう、いいですから……」

声をかけると、百瀬店長は一拍間を置いてから顔を上げた。

「他店舗で石橋を狙ってたスタッフにはちゃんと真相を説明しといたから! 石橋が急に辞めてショックを受けてた奴ら多かったんだよ」

百瀬店長はふたりの間に広がる暗い空気を吹き飛ばすように、ハハッと笑った。
深刻な雰囲気になるのが耐えられなくて、わざとふざけてしまうタイプなのかもしれない。

「あ、なんかごめんな⁉ 笑い事じゃないよな!」

顔を引きつらせる私に気づいたのか、今度は必死に取り繕おうとする。

本当に笑い事じゃないんだけど……。
話は終わったようなので、席を立とうとした瞬間。

「――失礼」

私たちのテーブル席の真横にサッと現れた人物が、低い声を発した。
その相手を見上げた私は目が点になる。

なぜなら、朝に見たのと同じスーツ姿の透真さんが、険しい表情で百瀬店長を見下ろしていたからだ。

「妻に謝罪していただき、ありがとうございました」

冷静だけれど怒気を含んだ声。
百瀬店長は私と同様、驚きを隠せない表情で言葉を失っている。
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