密かに出産するはずが、迎えにきた御曹司に情熱愛で囲い落とされました
「よ、よろしくお願いいたします」

ふたりを目の前に恐縮して、私は深々と頭を下げる。

「さあどうぞ、お入りください。段差がありますから足もとにお気をつけてくださいね」
「はい、お邪魔します」

玄関ホールも広く、純和風の調度品が飾られていて、風情のある高級旅館と遜色ない。

案内された大広間は木組みの高い天井と広々とした広縁が開放的で、雪見障子の向こうに広がる日本庭園には迫力があった。

席につくとお手伝いさんがコーヒーを運んできてくれて、カフェインレスにしてもらったと透真さんが私に耳打ちした。

「赤ちゃんは秋に生まれるんですってね。ふたりともおめでとう」

形の綺麗な唇をくっきりとつり上げ、お母様が笑いながら言う。

「ありがとうございます。健診では順調に育っていると先生から言われていて、安心しております」

私が丁寧に答えると、隣で透真さんがにこりと目配せしてくれた。

「それはなによりです。私どもにとって初孫ですから、とても楽しみでね」

お父様が穏やかな口調で言い、目尻を下げる。
透真さんにはお姉さんと弟さんがいるそうだが、どちらもまだ独身とのことだった。

和やかな雰囲気に、ご両親は私を無作法だと拒否するどころか、歓迎してくれているのが伝わってくる。

ホッとして、次第に緊張から解放されたとき。

「春香さん。千代さんのこと、透真から聞きました。残念でしたね」

え……?

まさか祖母の名前を耳にするとは思ってもみなかった私は、眉を下げたお父様の言葉に耳を疑った。

「祖母をご存知なんですか?」

戸惑いながら尋ねると、ご両親は少し寂しそうに目を細めてうなずいた。
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