密かに出産するはずが、迎えにきた御曹司に情熱愛で囲い落とされました
「石橋仕出し店のお弁当は、私たちもよくいただいていました。千代さんの味のファンだったので」
「唐揚げが大好物でね、うちのシェフに同じものを作らせようとがんばったこともあったんだよ。残念ながら再現はできなかったけれど」

お母様とお父様が口々に言う。
あまりにも驚いて、私はただただ口をぽかんと開けた。

「千代さんはいつもサービスしてくれたわよね。必ず唐揚げが多く入っていたの」
「そうそう、懐かしいなぁ」

ご両親は顔を見合わせて上品に笑った。

こんな豪邸に住む大会社の社長夫妻が、うちみたいな庶民に親しまれる弁当屋のファンだったなんて。すごくありがたいけれど、にわかには信じがたい。

そんな表情に気づいたのか、お父様が絶句する私に向かい、穏やかに微笑みかける。

「昔、君塚不動産が都市開発を行った際、移転に反対する商店街の店主たちを説得するのに春香さんのお祖父様、お祖母様がご尽力してくださったんですよ。おかげで無事に事業が進みましたから、私どもは今でも感謝しています」

商店街、都市開発……?

青空商店街が、私が生まれる前に街の再開発事業のために駅南口から駅北口へと移転したのは祖父母から聞いたことがあった。
けれど、まさかその際に祖父母と透真さんのお父様が関わっていて、繋がっていたなんて寝耳に水だった。

そういえば、透真さんと初めて会ったとき……。

『千代さんと治司さんには、個人的にご恩があります。相続登記以外でもなにか困ったことがあれば、春香さんの力になりますよ』

そう話してくれたのは、ただ大学時代にうちの弁当をよく食べていたという理由だけではなかったんだ。
ご両親が今でも感謝してくださるくらい、もっと深い関わりがあったのだ。

「透真から、結婚相手があなただと聞いたときはうれしかったんですよ。もしよろしければ私たちも改めて千代さんと治司さんにご挨拶させてください」
「ありがとうございます。そうおっしゃっていただけて、祖父母もきっと喜んでくれていると思います」

私は祖父母になり代わり、ご両親に深々と頭を下げた。

< 73 / 80 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop