魔法使いは透明人間になりたい
ひまわり畑から離れて、広い公園の中をのんびりと散歩する。8月の下旬になってもまだまだ暑さは収まる様子もなく、強い日差しがジリジリと肌を焼く。それでもアスファルトだらけの街よりかは、風が涼しいような気がした。
「そろそろ休憩しようか」
「だね。たしかあっちにカフェあったよね」
「うん、行こう」
カフェに向かう道中で、森のアスレチックがあった。
「アスレチックあるんだ」
「やる?」
「むり、運動音痴だもん。佑こそやれば? ダンスもできるしいけるでしょ」
「ダンスと運動は別物。残念ながら俺も運動音痴」
でも、どんな感じか行ってみたいよね、という話になり、わたしたちはアスレチックへと歩いていく。近づいていくにつれ、人だかりができていたことに気がついた。
「なにかあったのかな」
「どうだろ……」
顔を見合わせながら進んでいくと、コンサートの収録に入っていそうな大きなカメラが目に入った。ということは、なにかの撮影中なのだろうか。
「撮影、ぽいね」
「だね」
誰が来てるんだろ、とぼーっと見つめていると、人垣の間からちらりと覗いた人影に、わたしは息が止まりそうになった。
心臓がドキンと暴れ出す。
あれはーー。
間違いない。あの動き方、背の高さ。
「ーー翔平」
「え?」
思わず立ち止まった。
目を凝らしてじっと見てみれば、そこにいたのは翔平だけじゃなかった。凛斗に和哉、晴太。
ーーMerakのメンバーたち、佑を除く全員がいた。
「……凛斗くん」
隣で、佑が呆然としたようにつぶやいた。やっぱり一番に口にする名前はそれなんだ、りんたすの絆は本物なんだな、と不謹慎なわたしが心の中でつぶやく。
それでも、ここから離れるべきだというのはわかっていた。
佑の方を見たけれど、動く気配も見せずに、その場でじっと彼らのことを見つめている。サングラスをしているせいで、その表情から感情は見てとれない。
「ねえまって、和哉いるんだけど!」
「うわやば! 全員いるじゃん!」
「あれってMerak? 撮影してるね」
「見に行ってみる?」
全員じゃない。あそこに佑はいない。
甲高い女の子たちの声から”全員”という声が聞こえてきて、心の中で反論する。
女の子たちの声にどんどん人が集まってくる。一刻も早く離れた方がいい。またあの花火大会のときみたいに、声をかけられでもしたら。でもそんなのは杞憂なのか、女の子たちは佑になんて目もくれず、すり抜けて行く。
……そうか。これが、透明人間になるということか。
今になってやっと痛感した。
「じゃあ凛ちゃん行ってくださーい!」
「えー、高いところ苦手なんですけどがんばります」
凛斗らしい適当な意気込みが聞こえて来て、アスレチックへと歩き出す。それを追いかけるように人だかりの一部が動いて行くのを、わたしたちは遠目で眺めた。
「……なんで俺は、あそこにいないんだろ」
その声が落ちて来て、心臓が掴まれたように痛んだ。
聞かないふりをしたかった。でも、聞こえてしまったのだからそうはできない。
ドキン、ドキンとさっきとは違う意味で心臓は速くなる。
戻りたいのかな。
……ちがう、佑は、あそこに戻るべきなんだ。
どれだけ本人が辛い思いをしていたとしても、佑の居場所はMerakで、あそこで、煌びやかなステージで。
こんな女の子たちにすり抜けられるような場所に、佑はいるべきではない。
「……佑」
名前を呼んだ。いくら名前を叫ぼうにも、振り向いてくれることなんてなかったはずの彼は、今ではいともたやすく振り向いてくれる。
「ごめん、……行こっか」
そうして少し困ったように眉を下げて笑う佑に、わたしはうなずく。
一歩先を佑が歩く。わたしは、その背中を見つめながら、ふとあのときと同じだと思った。いまでもまぶたの裏に焼き付いている、あの日、春のツアーのオーラスで、ステージの向こうへと消えて行く佑の姿。
この間はそう思わなかった。
でもいままた、佑の背中は消えそうになっている。
後悔してる?
本当は、Merakにい続けたかった?
そう問いかけてみても、笑顔ではぐらかされて答えは教えてくれないだろう。
「……っ」
なんとなく視線を感じた気がして、振り向いた。遠くにいるはずの翔平と、目があった。
……こっちを見てた? 佑を?
「巴音?」
「あ、ごめん! 今行く」
きっと、気のせいだ。
だって知るはずがないんだから。
いまの翔平たちにとって、佑はメンバーではない。
ーーそれは、本当に?