*触れられた頬* ―冬―

[28]椿とツバキ

「凪徒さんの前で……こんなに取り乱してしまいまして、本当に失礼を致しました……」

 それからひとしきり椿が泣いて、モモも抱き締めるように母親の腰の辺りにすがりつきながら、いつの間にか涙が止まらなかった。

 日本で椿はモモの父親のお屋敷で、お手伝いとして働いていたのだ。

 明らかに今の姿が生まれつきでないこと・こうなった原因がきっとモモを「迎えに行けなかった」理由なのだろうと思えば、どれだけ無念であったことか、想像も出来ない哀しみと苦しみだった。

「いえ……少しは落ち着きましたか?」

 凪徒は二人が泣いている間、微動だに出来ないまま、その姿を見下ろしながら立ち尽くしていた。

 二人を引き裂いてきたこれまでの長い年月が、やっと近付き寄り添って重なった瞬間を、温かな眼差しで見届けていた。

 しばらくして泣きやんだ椿がそれに気付き、恥ずかしそうにリビングに(いざな)って、ソファとソファの間に車椅子の椿、その両側に凪徒とモモが腰掛け、椿は少しはにかみながら凪徒に謝罪したのだった。

 モモの右手は椿の左手をしっかりと握り締め、反対の手は赤らんだ鼻先を困ったように、ハンカチを押しつけ隠していた。


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