*触れられた頬* ―冬―

[29]別れと出逢い

「私は……このモスクワで、日本の企業から赴任してきた父と、ロシアと日本のハーフであるオルロフ家の母との間に生まれました。七歳の時に任期が終わり、帰国を余儀なくされた父と、母と一緒に同行したのが日本在住の始まりです。今の時代ならともかく……残念ながら当時まだ片言だった日本語と、この顔立ちや髪色から、日本での学生生活には余り良い想い出がございません。高校の時に父が他界し、それが引き金となって、母との間に溝が出来てしまい、卒業と共に家出同然で離れてしまいました。仕事を転々としながらも結局途方に暮れていた折に、救いの手を差し伸べてくださったのが、後々桃瀬の父親となってくれたお人でございました」

 椿はまず自分の出生からの経緯を一息に話し終え、それから紅茶を口に含んだが、どういった顔をして良いのか分からないといった感じで(うつむ)いた。

「その後、その方の邸宅で使っていただいていた間に、桜社長様とお話する機会に恵まれ、桃瀬を授かって其処を離れた後、偶然見つけていただきお世話になりましたこと……その辺りの状況はご存知でいらっしゃるのですね?」

 凪徒の方へ視線を戻し、同意の相槌を確認した椿は、少し遠慮がちにモモを見、娘の真剣で泣き腫らした顔が縦に振られるのを目に入れた。


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