*触れられた頬* ―冬―
「お母さん……、あの、ね」

 やっとつぐんでいた唇を開いたが、片付けを終えて凪徒の向こうに腰掛けたカミエーリアの姿を見つめ、モモは続きを話せなくなってしまった。

「……日本へ……戻ってこないかと、訊きたいのね……?」

「は、はい」

 モモの瞳の行方を手繰(たぐ)り、椿が予測を話した。

 今度は(うなず)いたモモが俯いてしまう。

「カミエーリアのこともあるけれど……そうでなくても行けないわ。桃瀬……貴女と一緒にいられるのなら、辛い想い出の多い日本へも帰れるけれど……でも、もうやっぱり遅い……」

「お母さん……?」

 首をもたげて、母親を仰ぎ見る。

 切なそうに揺らいではいたが、椿の眼差しは満たされたように柔らかく、モモを一心に見つめていた。

「遅いって……どうして?」

 震える唇で問うた。

 分かってはいても「一緒に行けない」と言われるのはやはり辛かった。

「だって……」

 椿は少しだけ凪徒を視界に入れて、そしてモモを正面に戻した。

「貴女は言ったもの。日本で幸せだったって……今でも幸せだって」

「でもっ、……お、お母さんがいてくれたら、もっと幸せだと思う……」

 カミエーリアを想えば、余りわがままは言えないと思いつつ、モモは勇気を持って本音を口にした。

「ありがとう、桃瀬。だけど巡業サーカスで働く貴女の足手まといにはなりたくないわ」

 ──巡業じゃ、なくなるの。……だから。

 今度は凪徒を目の前にして、そう言えない自分が葛藤し胸が痛む。


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