*触れられた頬* ―冬―
 ──先輩、何を話しに来たのだろう……。

 モモは物音を立てぬようにゆっくり起き上がり、リビング側のベッドサイドに足を垂らした。

「もう遅いですから早速用件をお話します……まず……十八年前、別荘でお会いした際には、大変失礼を……致しました!」

「凪徒さん……?」

 モモには見えていないが、凪徒はソファよりすっくと立ち上がり、椿に深く頭を下げた。

「あの時の自分は、貴女が父の愛人なのだと勘違いをしていました。お腹の中のモモを、父との子供なのだと……椿さんは自分の眼を『(りん)とした』なんて言ってくれましたが、明らかに貴女に憎悪を向けていた……子供だったとはいえ、浅はかに貴女を恨むことしか出来ず、本当に申し訳ありませんでした」

「いえっ、どうぞ頭を上げてください、凪徒さん! 私を桜様の家政婦に、桃瀬を養女にとご提案いただきましたのは、拓斗さんと凪徒さんにお会いした直後でした。それでもお二人の気持ちに気付いて差し上げられず、浅はかでしたのは私の方です。幼な心にそれは深く重いことでございましたでしょう……。ですのに、お二人は私との時間を、笑顔で過ごしてくださったんです。もう覚えてはいらっしゃらないでしょうけれど、トランプやボードゲーム、一緒に楽しんでくださったのですよ」

「そう……でしたで、しょうか……?」

 凪徒に其処までの記憶はもはやなかった。

 今では父親から告げられた衝撃の事実と、それによって自分が歪んだ心で椿を見つめたことしか覚えていない。


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