*触れられた頬* ―冬―

[45]思いやりと優しさ

 椿は凪徒から視線を()らし、目の前のテーブルに置かれたシルエットの美しいティーカップを手に取った。

 掌が紅茶の熱を吸い取って、ほんのり温かくなる。

 それは心という物が存在する胸の内の温かさにも似ているようだと微笑んだ。

「お心遣いをありがとうございます、凪徒さん。でも……そうは思っておりません」

「何故……?」

 凪徒は今一度座していたソファシートから、真っ直ぐな眼差しと質問を投げた。

「確かに……あの子を置いていった一年以内には、必ず桃瀬を迎えに行って、このモスクワで育てたいと思っておりました。例え母が亡くなっても、私はもう日本に戻るつもりはありませんでしたから。けれどあの事故によって、私は神に(いさ)められた……桜社長様と凪徒さんのお陰で、こうして娘と再会を果たせましたが、今はもうこちらで一緒になどと、思うことなどございません」

 ──お母さん……?

 モモは聞こえる椿の(なご)やかな口調から、不思議と清々(すがすが)しさを感じていた。

「あの子はこちらへ来たとしても、ニクーリンだけでなく、きっと何処(どこ)かのサーカスで空中ブランコ乗りになれるでしょう。初めはロシア語が話せなくとも、友人も出来ると思います。ですが、やはり娘のいたい場所は、日本……今までお世話になってきた珠園サーカスなのだと思います」


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