*触れられた頬* ―冬―
「椿さん……」

 凪徒は一度、顔の前で組んだ指の隙間から自分の足元を見下ろした。

 そして再び視線を上げ、椿の満たされた柔らかい微笑に焦点を合わせた。

 やがて姿勢を伸ばし、両拳を膝に戻す。

「モモを、自分……達に、お任せいただけますか」

 凪徒の声も一本芯の通った力強さを内に秘めていた。

「母親失格の私が申し上げて宜しいのか分かりませんが、桃瀬をどうか宜しくお願い致します」

「あ……──」

 二人のやり取りに、つい声が(こぼ)れてしまう。

 モモは慌てて両手で口元を覆った。

「きっと立派なブランコ乗りにしてみせます。と言っても……」

 ──あいつはもう、俺を越えちまったか……。

 答えながら、いつの間にか凪徒は苦々しい含み笑いと表情をしていた。

 椿もそれを感じ取ったように、

「今日の三回転で、凪徒さんがあの子に対して「自分を越えた」と思われたなら、それは間違いです。あの舞は凪徒さんが手を伸ばしてくださったからこそ完成されました。他のパートナーでは成し得なかったと思います。ですから……どうぞ、これからも娘を厳しく指導してあげてくださいませ」

「いや……そんな──」

「あの子がまだまだなことくらい、私にだって分かります。これでも『伝説のブランコ乗り』の孫ですから」

 そうして椿はクスりと笑い、凪徒も釣られて口元を(ゆる)ませた。


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