*触れられた頬* ―冬―
「んなっ……どういうことだ!? あいつが自分から辞めたいって言ったのか!!」

「……いいえ」

 激しさを表に出した凪徒と、落ち着いた様子で語る洸騎の声が、狭いプレハブに正反対の響きを奏でた。

「三週間前の水曜、園長の娘と僕からモモに打診しました。モモが劇団に移ってくれれば……施設は救われるんだって」

「救……われる?」

 洸騎の中から込み上げる何かが、(しぼ)り出される言葉をくぐもらせ、凪徒はそれを聞き逃さないように元の席へと戻った。

「先の劇場を含んだ大規模な商業施設が、僕達の住むエリアに造られることになったんです。(えん)は移転を余儀なくされました。けれどそんな費用なんて……実は僕の勤める建設会社も、その複合レジャー計画に関与しています。()る日来日した劇団のクライアントが、不思議な情報を持ってきて、それは僕の耳にも入りました。サーカスのブランコ乗りがスパイ養成候補に選ばれながら、巧みに組織から逃げ出したとかって……何だか変な予感がして問い(ただ)してみたら、それはモモのことだった……僕はそのクライアントとプロデューサーに、モモのブランコで舞う動画を見せました。あんな華奢(きゃしゃ)な身体でこんな演舞が出来るのかって、それにその空前絶後な事件も手伝って、二人は一目でモモを気に入った。でも僕はきっと、モモがどんなスカウトを受けても、退団する気なんてないことに気付いていましたから、施設の移転費用と引き換えにモモを手に入れてみせると……つまり、その……モモを、売ったんです……」


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